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その4 適合者、覚醒者

ダンジョン内部は複雑怪奇な構造となっており、

入り口付近から第一階層へと続く大穴を構成する岩石だけでなく、

元々の駅部分、その地下施設部分の構造物を取り込んだ箇所もあれば

古代の遺跡を彷彿とさせるような、人工的な石造りのエリアもあった。


電灯が使えないことで完全な闇の世界かと言えばそうでもなく、

薄っすらと発光する苔類がそこら中に蔓延っているため、慣れれば

何とか見えないこともない、程度の明るさはある。

(とはいえ活動するにはランタン等がなければままならないが)

この苔も、研究用に採取されたのだが地上に持ち出されると

ものの数分で枯れてしまったらしい。


ダンジョン発生時にレンジャー隊員が化け物に襲われた際、

入り口付近まで迫ったソレが突然苦しみ出した事と併せて

考察されたのは、ダンジョン内の魔素が一般人にとって致命的

であるように、ダンジョン内の生物にとって地上の大気は生命維持に

支障を来たすものなのではないか?という事だった。

現に、以来地上に上がってきた化け物は確認されていない。


しかし、人間に適合者が居るならその逆も可能性としてはあり得ると

考えられること、そして日米によるダンジョンの管理体制構築のため、

入り口部は頑丈なフェンスが張り巡らされ、

常に自衛隊員とその装甲車が内外を警戒している。


ダンジョンに入るには、手前の管理センターで入出記録を取り、

入念なボディチェックを受けてから直通の通用口を通って入ることになる。

もちろん、退出するときも同様だ。

内部で使用する装備類はここで受け取って持ち込むようになっていて、

俺たちのような採掘者(マイナー)は汎用の道具を渡されるが、

掃除屋(スイーパー)冒険者(エクスプローラー)は、それぞれの戦闘スタイルに応じた専用品が用意されており、

中でも上位層に与えられるような、ダンジョンで採れる鉱石で作られた

武器は非常に強力な上、軽量で扱いやすいと言われている。


その日の仕事は順調だった。

午前中のウチの班は他班と比べて倍ほどの成果を出していた。

そういう事もあり、班長田中お得意の昔語りもいつにも増して饒舌だ。

第一階層(レベル1)の休憩場所は粉塵対策も兼ねて大穴からそこに至る

通路上に設けられていて、そのため深層に向かう冒険者たちの姿を

見かけることが結構ある。


「ん?あれは……噂をすればなんとやらじゃねぇか。アレ、荒川 悠里(あらかわ ゆうり)だろ?」


通路を下りてくる数人の人影に気付いた田中が言った。

ドラゴンを倒して得たという真紅の大剣を身に付け、先頭を歩くのは正に

荒川 悠里その人だった。

どの業界でもトップ層というのは滲み出る風格というものがあるようで、

仲間(パーティ)の面々もそうだが、彼らの自信に満ちた表情から誰も彼も

歴戦の猛者であることが一見しただけで分かる。


二十歳そこそこの、自分と同年代でありながら深層に挑み、数々の戦果と

新たな発見をもたらす現代の英雄である荒川と、日々岩石と格闘しながら

その他大勢として生きる己との境遇の差に、金のことなど抜きにしても

羨望と嫉妬の感情を覚えずにはいられなかった。

過ぎ去っていく彼らの背を見送りながら阿内はつぶやいた。


「「俺も、必ず冒険者になるんだ」」


同じセリフが阿内の声に重なるように背後から響いた。女性の声だ。

振り返るとそこにはいたずらっぽい笑顔を浮かべた少女が立っていた。


来栖川 真由(くるすがわ まゆ)

レベル3の適合者として、ふた月ほど前からこのダンジョンに勤め始めた

ばかりだが、阿内や荒川より更に若い十七歳だ。

肩近くまで伸びたミディアムカットの濃い褐色の髪、

パッチリした目と整った鼻立ちを持ち、幼さを残しながらも女性的な体型

をした、美少女といって差し支えないだろう容姿を持つ彼女だが、

第一階層(レベル1)で働く阿内や田中など採掘者の警護を任される掃除屋(スイーパー)の一人だ。

見た目の可憐さからは想像もできないが、先ほどの荒川らと同様に

覚醒者(ギフテッド)でもある。

腰に細身の剣を差し、学校のスカート制服に軍用のボディアーマーを着用した

姿にはなんとも奇妙なおかしさを感じる。

(本人は可愛いと気に入っているが)


実のところ当人は冒険者志望だが、高レベル適合者でも

規定により入所三ヶ月間、又は十八歳以下の未成年は

第一階層での掃除屋職務に従事する決まりになっているため、

(適合試験自体は十五歳から受けられる)

今は掃除屋として働いているらしい。

俺とは母校が同じで、剣道部所属という共通点から仲良くなった。


通称、ダンジョン法ができてから在学中に適性試験を受けて

ダンジョンで働く学生は最近では珍しくない。

魔素への適合率は若年ほど高い傾向があり、

資源の乏しかった我が国が一転、資源国家へ成りあがる

チャンスということもあって政府の力の入れようは尋常ではなく、

適合者を輩出すれば学校にも助成金が出るとかで、

社会奉仕として単位を与える学校もあるらしい。


「阿内先輩、いつも同じこと言ってるから覚えちゃいましたよ。

一応、応援はしますけど?でも、意気込みだけじゃどうにもならないしなぁ」


先輩。とは言いつつもタメ友と話すようなノリで軽口を叩くのが来栖川だ。


「うるさいな。俺だって来週の試験で受かったら来栖川より

先に冒険者になってるかも知れないだろ?

そうなったらアゴで使ってやるから覚悟しとけよ!?」


憎まれ口を叩きながら、俺は来栖川と病院の集中治療室で眠っている妹、

彩香とを重ね見ていた。

病気さえなければ、今頃こんな風に一緒に笑っていられたんだろうか?


「適性試験、新規の応募者も毎回増えてるらしいですね。

前人未到のダンジョンの奥底には未知の鉱物に謎の地球外生命体。

そりゃ誰だって興味ありますよねぇ」


「まあ、本来ならテレビカメラが入って中を中継したりするんだろうけど、

ここじゃそういうワケにもいかないしな。

こないだ雑誌に載って話題になった写真とか、コ……コロ……

なんつったっけ?

わざわざ大昔のカメラで撮ったって話題になってたよな」


「えーと、確か、コロジオン式……だったような?

電気使わないやつ」


そんなやりとりをしていると、休憩終了を知らせる笛が鳴った。


「じゃあ、この後も頑張ってくださいね!

私、今日は先輩のエリア担当なんで、

何かあったらその笛で呼んで下さいよ?」


電子機器が使えないダンジョン内では採掘者には笛が支給されており、

化け物と出くわした場合コレを吹いて助けを呼ぶことになっている。


幸いにして、というべきか、第一階層では人間より大型のモンスター

(化け物の、日米共通の正式呼称だ)は出現しないため、

採掘者でも相手が単独で、不意を突かれない限りは

手持ちのツルハシやシャベルで撃退することも不可能ではなかったが、

関係者から「モンスターは闇から染み出てくる」と揶揄されるように、

神出鬼没の彼らに対処するのは戦闘能力に秀でた専門家に任せるべきとされた。


開発が進み、掃討作戦が何度も実施された第一階層(レベル1)でさえ

モンスターは駆逐できていない。

警備を配置し、一斑五人体制で作業をするようにしていても、

月に何人かは襲われて大ケガをしているのが現状だった。


ダンジョンで負傷した場合、レベル2以上の適合者は

体内の魔素に働きかけ、自然治癒能力を向上させることで

治療する能力を自然と身に付けるようになる。


中でも覚醒者(ギフテッド)とされる者は、それを他者に対して行ったり、

空間に炎や氷を出現させて攻撃に使う等、超常現象的な異能の力を行使できる。

(来栖川 真由の場合、手に持つ剣から電撃を放出することができるらしい)


その他、大気中の魔素に働きかけることで周囲に可視光を

出現させることができたりもするので、

ダンジョン探索には覚醒者は欠かせない。


覚醒者とは、通常の適合者が、取り込んだ魔素を自身の

活性化に使えるのに加えて、外部の魔素に対しても

干渉できるように能力が発達した者の事だ。

発現のタイミングや条件については未だ不明だが、

レベル3以上の適合者には程度の差はあるが能力を使える者が多い。


真由と別れて作業に戻った俺は、一心不乱にツルハシを振るっていた。

せっかく当たりの鉱脈を引いたんだから、もっと成果を出すんだ。

たとえ僅かでも目標に近付くんだ。

そう思いながら力一杯振り下ろしたツルハシに変な手応えを感じた。

突き立った先端を引き抜くと、ボコッと岩石の塊が落ち、

隙間から奥が空洞になっているのが見えた。


更に周囲の岩を砕いていくと、その全容が見えてきた。

直径が人一人、通れるかどうかの大きさの縦穴だった。

深さは暗くてよく見えない。


「珍しいな。ここで縦穴なんて」


このダンジョンは、横方向に掘り進めることはできるが、

縦方向に掘ることは難しい。一定以上深く掘ろうとすると、

全く歯が立たなくなるからだ。

採掘をしていると稀に小さな空洞に出くわすことはあるが、

縦穴は見たことがなかった。

(冒険者の階層の行き来は、発見された下り階段か、おあつらえ向きに

スロープ状になっている箇所から行われている)


ちなみにこの不思議な現象は地上でも違う形で存在し、

ダンジョン外部から重機を使って垂直方向に掘っていくと、

計算上はダンジョン内部に到達するはずの座標であっても

一向に辿り着けず、既存の地層しか表れないのだ。


更に、外からダンジョン方向に掘り進めると、

非常に硬い岩盤に行き当たって重機でも掘ることは不可能となる。

爆薬で破壊を試みてもビクともしないため、

「このダンジョンは神の御業(みわざ)で作られている!」

といった宗教論やオカルト論が流行る原因にもなっている。


(もしかしたら下層への新たな通路の発見になるかも知れない)


ここでは未発見の希少鉱石などを見つけると報奨金が出る制度がある。

モノによっては十万二十万という単位では収まらないこともあるのだ。


(これが新たな発見と認められれば……)


そう思った俺は、班長の指示を仰ぐことにした。


「班長!ちょっと来て下さい!」


「おう、どうした?何かあったか?」


少し離れたところで作業をしていた班長田中がやってくる。


「コレ見て下さい。掘ってたら行き当たったんですけど、縦穴なんです」


「ほぉ……こりゃ珍しい。ここで働いて一年半になるが、

こういうのは初めて見るな」


民間人の採用制度ができてから2年程度なのだから、

一年半は最古参の部類だ。

その田中をして初見だとすれば、これは結構期待できるかも知れない。


「狭そうですけど、人は通れそうです。

これ、もしかして下層に繋がってたりしませんかね?」


「そうだなァ、下層のどこかに繋がってたら見っけモンかも知れんな。

ちょっと石コロでも落としてみるか」


班長は転がっていた拳大の石コロを拾い上げ、穴の中に放り込んだ。

地面に落ちた石が立てた返ってきた音を聞くことで大まかな深さが分かるからだ。

カーン、カーンと一、二度壁面に跳ね返った石は、

そのまま闇に消えていき、二秒、三秒……音は返ってこない。


「これは、相当深いんじゃないか?

一気に深層に行ける穴が見つかったとなりゃ、

褒賞にも期待できるぞ!やったなオイ、阿内!」


田中は俺の肩を叩きながら我が事のように喜んでくれている。

(実際、褒賞金は班に対して支給されるルールなので、

田中にとっても我が事なのだから当然でもあるが)

数百万、あるいは一千万にもなれば、分配したとしても、

妹の治療費としては大きな前進になるだろう。


「しかし、ホントに深そうですね。

第五層でも推定地下百メートル弱って聞いてますけど……

苔か何かに当たって音が吸われたのか?」


右手に持ったランタンを掲げて穴を覗き込んでみる。

もちろん底は闇のまま、見通すことはできない。


その時だった


ガラッ


「うわっ!」


右足を置いていた足場が突然崩れたのだ

用心して左手で壁の淵を掴んではいたが、足を取られバランスを崩した俺は

そのまま吸い込まれるように縦穴に滑落してしまう。


「阿内!」


班長田中の叫び声が上から響いた。

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