その3 阿内 翔
「突然ダンジョンが出現」「ダンジョンでは現代兵器が使えない」
「突如異能に覚醒」「民間人にダンジョンを開放」などといった
現代ダンジョンものによくある舞台設定に、もっともらしい理由や
整合性を与えたらどうなるだろう?という発想から書いてみました。
わりと流されがちな設定ですが、これはこれで手品のタネを見る
ような面白みがあると思いますので、どうぞお付き合い下さい。
――三年後――
「……とまぁ、そんな事があったもんだから、
その後の行方不明者の救助作業に取り掛かるのが遅れに遅れてな、
それでやっとこ自衛隊から送り込まれたのがたったの
二十人程度ってことで、何万人もの行方不明者が居るのに
どういう了見だと、当時は政府批判の嵐で大荒れに荒れたんだが、
更にその二十人の半分近くが化け物に襲われて命を落としたって
報道があって、国中大パニックよ」
休憩時間、班長の田中が得意げに昔語りをしていた。
なんでも、その当時、現場にいたレスキュー隊員が
嫁の親戚だとかで、一種の自慢話のように事あるたびに
同じ話をしたがる癖がある。
毎度のことだが、話を適当に合わせるのも処世術のひとつだ。
「えぇ、俺もよく覚えてますよ。確か、銃が撃てなかったんでしたっけ」
ここはダンジョン地下一階層部の採掘現場。
三年前の、いわゆる”局所的地殻災害”によって突如出現した
大穴は当時、世界中に多大な混乱をもたらした。
実はこの現象は日本だけでなく、ほぼ同時に
チベット北東部地域、ポーランド北部地域でも起きていたのだ。
日本では数万人規模の行方不明者を出したこともそうだったが、
それぞれが人的、物的被害に加え、
これまで人類が解き明かしてきたはずの物理法則が
通用しない場面が多々見られたことから
手探り状態で調査する必要性に迫られたのだ。
当初投入された自衛隊の規模が小さかったのもそのためで、
政府は有毒ガスに対応する重装備と、謎の怪物に対処するための
銃火器を装備した先遣隊を、『捜索救助部隊』の名目で送り込んだのだった。
その時点では箝口令によって化け物の存在は国民に秘匿されていたからだ。
だが、結果は田中が話したように化け物の襲撃によって
半数が死傷という、最悪のニュースだった。
「撃てなかったっつうか、引き金を引きはしたけど弾が飛ばなかったらしいんだ」
隊員たちは十分な注意を払いつつ大穴の奥へと足を進めたが、
照明に電灯が使えず、ランタンを使用していたこともあって
暗がりからの化け物たちの奇襲を許すことになってしまったのだった。
その際に隊員が小銃を発砲したが、なぜかどの隊員の銃も
不発弾となってしまい、重装備で身動きが取りにくかったことも
災いして多くの被害を出してしまった。
というのが事の顛末らしい。
後の実験で判明したことだが、後に”ダンジョン”と呼称される
ことになる大穴の内部では、火薬を始めとした可燃物の
燃焼速度が著しく低下するため、殆どの銃火器類は
用を成さない事が分かっている。
自衛隊員に多くの犠牲を出したことで化け物の存在を
隠し通せないと判断した政府は、先のSATのボディカメラが
捉えていた映像を公開し、行方不明者救出作業の
一時中断を発表したのだった。
「それで、一時は大穴を塞ぐ案が出て問題になったりしながら
研究が進められたんだが、今度は充満してる有毒ガスが、
どうも人によっては無害に近いって事が分かったんだ」
「まぁそれで俺たちもここに居るわけですよね。
最初に搬送されて生き残った高校生を検査した結果分かったって。
ここに入る前の講習で教えてもらいました。
”魔素”に適合する人間はだいたい三十人に一人。
それにもレベルがあって、順応すればより深く降りれるけど、
今のところ第五層まで潜れるのは一握りしかいない。
で、その一人が生き残った高校生本人で、
今や日本中の期待のエースってんだから。
ハァ……俺も本当は”採掘者”じゃなく、
”冒険者”になりたかったなぁ……」
”魔素”とは、当初有毒ガスが原因と考えられていた
大穴内の大気組成中に含まれる”何か”を指す用語として
現在は使われている。
人類の今の科学力では検出できていないため、
生き残った人間による実証実験によって存在を仮定されているに
過ぎないが、適合しない人間がこの中に数分間でも居ると
呼吸困難、内臓出血や皮膚組織の壊死などを引き起こして
死に至るのに対し、適合者は殆ど悪影響を受けないか、
逆に超人的な運動能力を発揮できる事が分かっている。
その高校生、「荒川 悠里」は、入院中の研究チームによる
精密検査では特に異常は認められなかったが、
退院後、学校の陸上部での100メートル走計測で九秒台前半という
驚異的なタイムを叩き出したことで、
”測定できない謎の有毒ガス”と、この結果との因果関係に
注目が集まり、実は免疫系に関わるものなのではないか?
という仮説が浮上することになったのだった。
なにせ、それまでの彼のタイムは良くて十一秒後半だったのだから。
再び検査を受けることになった彼の運動能力はしかし、
徐々に衰えていった。
当初の体力測定では一般的な男性競技者の二、三割増しの結果を出して
研究者を驚かせたが、ひと月もしない内に平均的な
男子高校生レベルに、タイムも元々の数字に戻ってしまったのだ。
そこで因果関係を実証するために行われたのは、大穴内部で
採集された大気を少量吸引するという少々野蛮なもので、
対照実験のために手を挙げた若い研究者が熱を出して数日間
寝込む結果となったのに対し、彼には何の異常も見られなかった。
その後、比較材料を変えながら実験は続けられ、
出された結論が”魔素仮説”であり、
人間が酸素を吸って体内でエネルギーを作り出すように、
適合者はそれに加えて魔素を使うことで、
より大きなエネルギーを生み出す事ができると推測されている。
気密服を着て酸素ボンベを背負いながら化け物の
跋扈する洞窟を探索する事は困難を極める作業であり、
それを解決する糸口が遂に見えた瞬間だった。
「阿内君よ、お前さん前からそんな事言ってるけどよ、
冒険者は確かに給料は馬鹿みてぇに高いが、
その分命の危険が常に付きまとうんだぜ?
俺たちの仕事だって確かに体はキツいが、まずまず安全で、
手取りも娑婆の仕事に比べたら断然良いだろ?
何だって冒険者なんぞに成りたいんだ。若さゆえってやつか?」
「お金が居るんです。大金が」
現在、ダンジョンに入ることが許されるのは適合者と研究者に限られている。
適合者も魔素への順応度によって区分けがされており、
ダンジョンが階層構造になっていることから
地下第一階層をレベル1として、現在までに到達している最下層
である第五層のレベル5まで設定されており、
下層に行くほど魔素が濃くなっていくことが
(経験則によって)確認されている。
阿内や田中のようなレベル1の適合者は、
主に採掘者としてツルハシやシャベルを使った
肉体労働に従事している。
内部調査によって一部の岩石には地球上には存在しない
特殊な鉱物が含まれていることが分かり、
それが非常に有用な事が判明したが、
ダンジョン内では爆薬による発破も、電気やエンジンを
使った工具も使用不可能なため、人力という
原始的な採掘手段が用いられているのだ。
そしてもう一つ。化け物を倒して暫くすると死体は消滅し、
後には結晶片が残る。
これを特定の方法で活性化させる事で莫大な熱エネルギーが
発生することが分かってきたのだ。
しかも、その際に放射線を発しないということもあり、
核に代わる新たなエネルギー革命の鍵となり得るこの結晶は、
国際競争上、最重要の物質と言っても過言ではなかった。
当初日本政府は自衛隊員から適性試験の志願者を募る方法で
適合者を集めようと試みたが、
適合確率が三十分の一では十分な人数が揃わず、
更に同盟国アメリカからの”安全保障上の懸念”を口実とした
圧力に屈した結果、日米共同でのダンジョン開発に
同意せざるを得なくなった。
そのため、早急に人員確保を進める必要性にかられた政府は
この人員を民間から募集することを決断。
結果、いわゆる「迷宮探索関連基本法」が制定されることになったのだった。
日本では危険地域内での行方不明者の捜索を建前としているため、
特別職の公務員待遇という身分と各種税制の優遇措置。
そしてレベル1の採掘者でも基本給に加え所属班ごとの出来高払いで
手取りは月に百万も夢ではないということもあり、
適性試験には応募者が殺到した。
阿内もその中の一人だった。
働く内に魔素への順応が進み、上のレベルの適性試験にパスすれば
同じ採掘者でも深層ほど希少な鉱石が採れる関係上、更に報酬が高くなる。
荒川 悠里のような身体能力の劇的な向上が見られるのはレベル2
以上の適合者からで、レベル1適合者は一般人と同等か、
気持ち高い程度に留まるため、化け物との戦闘は
主に冒険者か、採掘者の警護を務める”掃除屋”と呼ばれる
者たちが担っている。
現代兵器の殆どが無効となるダンジョンでは
剣や槍、弓やクロスボウなどの前近代的な武器で化け物に
対抗せざるを得ないことから常に死と隣り合わせであるため、
それを担う彼らの報酬は採掘者の比ではない。
最も危険度の高い仕事となる冒険者は、
ダンジョンの深層に挑み、化け物を倒すことで得られる結晶を
持ち帰ることが主任務だ。
「実は家族に高校生の妹が居るんですが、
高一のときに罹った感染症で心臓に障害が残って、
その上、事故で親父が死んだのが祟ってどんどん悪化しちゃって……
今、大学病院に入院してるんです。
数年以内に移植が必要だって。
でも、日本じゃ簡単にはドナーが見つからないから
アメリカに渡る必要がありまして、それで……」
阿内 翔は現在二十三歳。
中肉中背で、ややまとまりの悪いハネっ毛が特徴な以外、平凡な青年だ。
中学、高校と剣道部に所属してはいたが、目立った成績は残していない。
家族は母と、妹が一人居る。父は三年前の”局所的地殻災害”で
被災し、行方不明のまま死亡認定された。
当時大学生だった彼は父の死によって已む無く中退を余儀なくされた。
それからは生活費と妹の治療費を捻出するため、
バイトに明け暮れていたがやがて妹の病状が悪化してくると
その程度では追いつかなくなってきた。
海外で移植手術を受けるには億単位の大金が必要になるからだ。
慈善団体や募金でのカンパも平行して募ってはいたが、
海外での移植手術への風当たりが強くなってきた風潮もあって
必要額には未だ遠く、
そんな中で民間人からダンジョン探索の適合者を募る法案が
可決された事は、彼にとって正に渡りに船だった。
無論、適合しなければそれまでだったが、
二回受けることになる適性試験で無事、レベル1適合者と判定された彼は、
第一階層の採掘者としてここに居る。
今はこの仕事を始めて半年ほどになる頃だ。
とはいえ、それでも数年程度では目標額に届かないのは明白だった。
何とかして資金を工面する。
兄として、家族唯一の男として。
彼はできることなら何でもやるつもりでいる。
冒険者になれば収入は少なくとも今の数倍。
下層で化け物を倒し、より大きな結晶を持ち帰れば、
一年で億を稼ぐことも夢ではないのだ。
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