その10 モンスター
ダンジョンのモンスターとひと括りにいってもその形状は様々だ。
ヒト型、虫型、動物型、不定形、伝説や神話で語られるようなヤツもいるらしい。
俺が戦ったドラゴンは爬虫類型の最大種、もしくは伝説系の種と目されている。
「――こういった分類が生まれたのは、ダンジョン内のモンスターの外観や
生態が、地上の動物に似通ったものが多かった事に起因する」
いま俺は管理センター向かいのビルに設けられた新人冒険者研修室で
講義を受けている。
通常であれば、採掘者、冒険者(掃除屋)共通の基礎講習があるのだが、
既に採掘者として入所した際に受けている俺は冒険者講習からとなっている。
「ただし、似ているのはほぼ外観のみで、生態や行動原理については
全く異なる部分が多い。例えば第二層で遭遇するグリズリー級などは、
見た目はヒグマのようではあるが、口から神経毒を含んだ
毒液を飛ばすことで知られている。
見た目から既存の知識で対応すると手酷い目に遭うから注意しろ」
「また、グリズリー”級”としたように大まかな外観自体は熊の形状でも
体色をはじめ、細部は異なる場合も多い。同一種とは言えないため、
地上での類似する外観の動物を当てはめて便宜上の呼称としているに
過ぎないことにも留意しておくこと」
なぜそのような事が起こるのかと言うと、モンスターはどうやら
生殖によって繁殖するわけではないようで、生殖器を持っていても
雄しかいない種や、雌しかいない種が居たり、
幼体のモンスターの目撃例がないことや、第一階層で
何度掃討作戦を行ってもどこからか再出現すること等から推測されている。
まったく”モンスターは闇から染み出す”とはよく言ったものだ。
講師は続けた。
「ちなみに、多くは地上の動植物の名前でカテゴライズされてはいるが、
それらは日米での共通の呼称として便宜的に定められたものであるので、
見た目や大きさがその通りとは限らない。
アントと呼ばれる種は日本語では蟻だが、コイツは見た目や生態も
蟻に似ているが、その大きさは一匹が十~二十センチ近くあったりもする」
第一階層で出没するヒト型の小型モンスターはゴブリン級と呼ばれている。
二層以降に出没する、人間大のものはオーク級(豚面とは限らない)
三メートルを超えるような大型種はトロール級と呼称されている。
ドラゴン級からも分かるように、日米で共通の呼称を揃える際に
ダンジョン内の生物に伝説や神話にあるような生物も多かったため、
英語圏のファンタジックな名称が多く充てられている。
「余談だが、虫型のモンスターは種類が多く、
分類し切れないため、基本的に”バグ級”と呼称される。
アントだけ別称があるのはそれだけ危険という事だ。
ヤツらは千匹以上で行動する上、斬られようが炎で焼かれようが仲間の死骸を
乗り越えて向かってくる。この群れに飲み込まれたら生還は絶望的だ。
対策はこちらに殲滅手段がない限り逃げることだな」
午前中の座学が終わり、午後からは第一階層の訓練場で戦闘訓練となる。
政府も戦闘職の死傷率を下げるために腐心しているらしく、
こういった訓練期間が設けられている。
当初、日米共同でこの訓練プログラムを作成することになった際、
彼らはある種きわめて単純な問題に行き当たることとなった。
ダンジョン内のモンスターはヒト型とは限らず、地上の動物と似ていても
それ以上に巨大だったり、性質も異なるという問題である。
人が学ぶ剣術であったり格闘技といったものは、基本的に対人戦闘のみを
主眼に置いており、対動物、対大型生物といった技術の蓄積はなかったのだ。
そこで狩猟民族の狩りの手法や、古代人類の狩猟、果てはローマ時代の
肉食獣相手に戦ってきた剣闘士の戦法までが参考に
されることとなった。
その結果、というべきか、ダンジョンでの戦闘教義は個人の技量よりも
連携を重視したものとなっている。
覚醒者がいるならば魔術による接敵前の殲滅を、
交戦状態に入れば前衛がけん制と防御を担当し、後衛が飛び道具で弱らせ、
然るのちに一斉攻撃で仕留める。という基本戦術を、
与えられた役割を誰とでも自然とこなせるようになるまで徹底的に仕込まれる。
この戦法の確立によって探索開始当初、二割に登っていた冒険者の年間死亡率は
現在は一割前後まで低下している。
(深部を探索する冒険者ほど死亡率が低いのは興味深いところだ)
俺の与えられた役割は前衛だった。
入院中の適合試験で現在探索されている最深層である第五層適合者と
判定された俺は、退院後の覚醒者の判定では、
ナイアの能力を使った触手による斬撃で、金属板入りの防刃ベストを
着せたダミー人形ごとバラバラに切断したのだった。
それによって近接戦闘の適性が高いと判断された結果だが、
自分の学生時代の剣道経験がほぼ考慮に入れられていないのは少し寂しい気もする。
ともあれ、前衛の仕事は後衛へ狙いが行かないように注意を引きつつ
敵を叩き、後衛の攻撃を通しやすくすることだ。
同じ新人研修の面々と様々な場面を想定した訓練を繰り返す内に
これから冒険者としてやっていくのだという実感が沸いて来る。
そんなある日のことだった。
「阿内君、ちょっと来てくれ。君に会いたがっている人が居るんだ」
座学の講義の終わり際、教官に呼び止められた俺は促されるまま
管理センターに向かうと、
受付のロビーで俺を待っていたのは荒川 悠里その人だった。
「アンタが噂の飛び級覚醒者、阿内 翔?
採掘者をやってたっていうから、もっとゴツいオッサンかと思ってたぜ」
挫折を知らない天才ゆえか、自信とプライドゆえか、開口一番不躾な態度で
話しかけてきた荒川に少々面食らってしまった俺はどう応対したものか分からず、
先輩とはいえ年下相手に変にへりくだって応じてしまう。
「は、はい。阿内です。よろしくお願いします。今日は俺に何か……?」
「ああ、実は明日、俺たちのパーティはアンタが発見した縦穴の探索に
潜ることになっているんだ。そこで、アンタにはその道案内を頼みたいんだ」
「いや、あの穴を荒川さんたちが調査することは聞いてましたが、
係員からは俺には同行の必要はないと言われたんですが」
「オレが上に掛け合って同行を認めさせた。
撤退が難しい縦穴に下りるのに現場を知る当事者不在では危険だからな。
もちろん戦闘があれば基本的には俺たちが受け持つ。
アンタは戦う必要はない。後ろで荷物持ちをしてくれていればいい」
現場を知るといっても縦穴付近でドラゴンに襲われ、その後来栖川の体調の事も
あってすぐに帰還したことは報告に上げており、それ以上の情報など無いのだが。
<まぁ、ここは受けるしかないだろうな。何やら思惑があるのかも知れんが、
ここで疑っても仕方ないだろう>
ナイアが言った。
確かに妙ではある。俺は第五層適合者とはいえ、ベテランの彼らから見れば
冒険者としての探索実績はゼロ。実戦経験もゼロの素人でしかない。
そんなヤツを連れて深層に潜るのは、俺の知る情報をその場で聞けるメリット
などよりパーティを危険に晒すデメリットの方が大きいんじゃないか?
と、思いはしたが、事務手続き上の許可を得てのことだし、
深層の経験が積めるのも、トップランクの冒険者の動きが見れるのも
俺にとってはメリットの方が大きそうだ。
「分かりました。でもひとつだけ確認なんですが、俺にも報酬はあるんですか?」
「フン、随分金に執着するんだな。
ああ、もちろんモンスター討伐の報酬は山分けだ。
荷物持ちは比較的安全だが最後尾を固める殿でもあるからな」
話はまとまった。
ドラゴンと対峙したときの恐怖は未だ覚えている。
いつか冒険者になって、最深部でモンスターを倒してお金を稼ぐという
妄想じみた夢はあったが、まさかこうも早くその機会を得ることになるとは
思ってもみなかった。




