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3 これから作っていく思い出

 大学へ入学してからの日々は目まぐるしいものがあった。最初こそ慣れない一人暮らしと大学生活に苦労したが、小遣いくらいは自分で賄いたかったのでアルバイトを始めようと思っていた。

 幸運なことに、散歩途中で見つけたカフェのアルバイトに就くことができた。湊には意外すぎてびっくりされたが……。

 自分でも接客業なんて選ぶとは思っていなかったが、お店の雰囲気の良さと、不特定多数の人が訪れる場所なら、彼と出会える確率が少しでも上がるのではないかという邪な気持ちもある。

 会うことがなくてもこの気持ちが変わることもなかったのだからとあまり焦ってもいなかったが、見つける努力を全くしないでいられるほどではなかったようだ。


(この先彼に会えなかったとして、僕は他の人なんて好きになれるのかな? そもそも誰かを好きになれるのかも怪しいのに……)




 

 好きな事を学べる楽しさや、慣れないながらも居心地の良いアルバイト先で働く日々、気づけばこの街に来てから二年が過ぎ大学生活も残り二年、就職先次第ではこの街を離れる事もありうると思えば、入学したばかりの頃のようにのんびりと構えているばかりではいられない。


 ――同じ街にいるかもしれない。


 物理的な距離が縮まると以前のように想っているだけで幸せだとは思えず妙な焦りを感じ、思考はぐるぐると空回りして昏いほうへと引き摺られそうになる。欲深くなっていく自分に嫌気がさす。


「秋吉くん大丈夫?」


 カフェの開店準備の手伝いをしている最中に手が止まっている僕を心配して店長が声をかけてくれた。


「大丈夫です。明日あるゼミの顔合わせに緊張してしまって」


 本当は全然違うことを考えていたのを誤魔化しはしたが、情けないことに口に出してみて本当に緊張してきてしまった。


「仕事のときは大分馴れたと思ってたけれど、まだ人見知りは健在かぁ……」

「新しい環境っていうのが緊張の一番の原因なんですけれど、これからの二年間を問題なく過ごせればいいんですけどね」


 ちょっと困った顔で答えた僕に、


「むしろ同じことを学ぶ仲間になるんだから、きっといい出会いが待っているよ!!」

「ふふっ、店長にそう言われると不思議と本当にそうなるような気がします」

「そのうち友達をウチの店に連れて来てくれたらなお嬉しいし、俺も安心できるかな」

「うっ、それはまだ恥ずかしいかもです。同じゼミになった奴が来たいってうるさいけど、拒否してます。売上に貢献できなくてすみません」

「別に謝らなくてもいいよ。でもそう言ってくれる友達がいるなら良かったよ」


 

 その日のバイトもつつがなく終わり、家に着いてから明日の準備をしていると徐々に緊張が戻ってきた。

 明日はゼミがあるとはいっても顔合わせ程度だという話で、今回は教授の都合で一限目に行われるため、同じゼミになった奥村大智(おくむらだいち)は起きられる気がしないとぼやいていた。

 

(いや緊張もあるけど、店長に言われたからか、いい出会いがあるような気がしてきたかも?)


 なんともいえない高揚感のようなものを感じていたせいか、翌日はかなり早めに目が覚めてしまった。もう一度眠る気にもなれなかったのでさっと朝食をすませ、そのまま出掛けることにした。

 彼に会えるとは思っていないが、無意識にあの公園へと足が向いていた。諦めの悪い自分に少しへこむものの、捨てられない想いの大きさのほうが勝っていることを再確認することになった。



「失礼します」

 恐る恐るゼミ室の扉を開けると、当然のようにまだ誰もいないようで、習慣的に一番目立たない席を選んでしまう。

 大智へゼミ室へ着いたことをメッセージで送ると、到着はギリギリになるかもと返信が来た。早く着きすぎた自分がいけないのだが、事前にみたゼミ生の名簿は見事に大智以外はほぼ知らないに等しい人達ばかりだった。

 

(せめて一番最初に来た人とは気まずくならないようにしないとな……)


 心の中で溜息を吐きながら、手持ち無沙汰なあまり据え付けの棚にぎゅうぎゅうに詰め込まれている本に目を向けた。

 興味を惹かれた題名の本を手に取り読み始めると、思っていた以上に没頭していたようで、控えめにされたノックの音にビクリと肩を震わせた。

 

「失礼します」


 優しく聞き心地の良い声とともに入室してきた女性に目を瞠った。


(彼に、似ている? でも、もちろん彼女は女性だから彼であるはずはないけど、それでも……)


 彼女から目が離せなかった。


 

 この出会いが僕の今後の人生を大きく変えることになるとは、この時は思いもしなかった。

 それこそ『運命』なんていう言葉を使いたくなってしまうほどに……。

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