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3/6

喝采

 年末のコンテスト当日、会場は熱気に包まれていた。私と村上は、期待に胸を膨らませながら席に着いた。


「さて、Deep Rookiesはどうかな」


 村上がつぶやく。


 アナウンスが流れ、Deep Rookiesのメンバーがステージに登場した。中央に立つ長髪の女子――新しいボーカリスト――に、会場の視線が集まる。


 1曲目は、Bon(ボン) Jovi(ジョビ)の『Livin' on a Prayer』。80年代を代表する王道ロックの名曲だ。イントロのシンセサイザーの音が鳴り響き、新ボーカリストの歌声が会場を包み込む。その声量と安定感に、私たちは思わず顔を見合わせた。


「おお、これは……」


 キーボードとギターの絡み合いも絶妙で、サビではベーシストとドラマーも加わってのコーラスワークが見事だった。


 2曲目は、Journey(ジャーニー)の『Don't Stop Believin'』。これも80年代のメロディアスロックを代表する楽曲として知られている。有名なイントロピアノから始まり、新ボーカリストの歌唱力が存分に発揮される。高音部分も難なくこなし、感情豊かな表現に会場から大きな拍手が起こる。


 最後の曲は、Heart(ハート)の『Alone』だった。80年代後半のパワーバラードの代表作だ。静寂の中、ピアノの優しい音色が会場に響き渡る。新ボーカリストが目を閉じ、感情を込めて歌い始めた。その繊細かつ力強い声に、会場全体が息を呑む。


 イントロのバラード調から一転、サビに入ると、バンド全体が一気に音を膨らませる。ギターのパワーコードが鳴り響き、ドラムがリズムを刻み始める。キーボードは繊細なアルペジオから壮大なストリングスのサウンドへと変化し、曲の盛り上がりを支える。


 新ボーカリストの歌声は、柔らかな囁きのようなパートから、感情を爆発させるようなハイトーンまで、幅広い表現力を見せつける。特にサビの高音部分では、その伸びやかな声量に思わず息を呑んだ。


 ブリッジでは、バンドの演奏がいったん静まり、ボーカルとピアノだけのしっとりとした雰囲気に。そこからサビへと突入すると、バンド全員の演奏が一気に爆発する。ボーカルの情感溢れる歌唱、キーボードの壮大なコード進行、ギターの歌うようなソロ、そしてリズム隊の力強いサポート。すべてが完璧にマッチし、聴く者の心を揺さぶる。


 曲が終わると同時に、大きな拍手と歓声が沸き起こった。私は思わず村上の肩を叩いた。


「すごいじゃないか」


 村上も興奮した様子で頷いた。


「完全に別のバンドになってる。技術的にも表現力も、かなり向上してるよな。それに、選曲がいい。親しみやすくて、聴いていて楽しい」

「そうだな。80年代の曲ばかりだけど、よく考えられてる気がする」


 私がそう言うと、村上が付け加えた。


「ああ。分かりやすいメロディとキャッチーなコーラスで、ロックファン以外でも知ってる曲ばかりだ。観客を引き込むには最適な選曲だよ」

「新しいボーカルの声質にも合ってるしな。彼女の歌唱力を存分に引き出せる曲たちだ」

「……これは、きっとBランクに昇格だな」


 村上が嬉しそうに言う。私も同意した。


「ああ、間違いない。これで出番も長くなるし、もっと多くの人に聴いてもらえるチャンスが増えるな」


 コンテストが終わると、私たちは興奮冷めやらぬまま会場を後にした。


***


「やっぱりね、聴いてもらってなんぼですよ」


 酔いが進むにつれて、菊池くんの言葉はますます熱を帯び、抑揚のある声が薄暗い空間を切り裂くように響く。私と村上はその勢いに圧倒されながらも、その姿にかつての自分たちを重ねていた。打ち上げの居酒屋で、彼の向かいに座っていると、まるで時が巻き戻されたかのような錯覚を覚える。菊池くんの頬は赤く、目は輝いていた。テーブルの上には、既に空になった生ビールのジョッキが何個も並んでいる。


「いい演奏してたって、いい音出してたって、聴いてもらえなきゃ意味がないんです! まずは入口、間口を広げるのが重要なんですっ」


 相変わらずの熱量だ。前回はキーボードの不遇さを嘆いていたのに、今はなんだかプロデューサー目線だ。菊池くんは身振り手振りを交えながら話し、時折テーブルを軽く叩いて強調した。なんとかしろと言わんばかりの村上の目配せを受け、私は話題を変えるべく菊池くんに切り込む。


「そうだね。間口を広げるにはボーカルって大事だよね。新しいボーカルの子、すごいね」

「でしょぉー?」


 彼は年上の私たちに胸を張ってみせる。こいつ、こんなキャラだったのか。その姿に、私は思わず笑みを浮かべる。


「彼女、安藤さんって言うんですけど、元リリックスなんすよ」

「そうか、リリックスか」

「なるほど」


 私と村上は顔を見合わせた。リリックスというのは、我々サウンド・インフィニティとライバル関係にある、同じ大学の軽音サークルだ。


「なんか、元のバンドに彼氏がいたらしいんですけど、破局して同じサークルには居られないって。でも、バンド活動はしたいからって、こっちに来たんす」


 菊池くんは少し声をひそめ、まるで秘密を打ち明けるかのように身を乗り出した。


「ああ、それもありがちだな」


 村上が言う。彼は懐かしそうに目を細める。


「それで、前のボーカルが抜けたところだったから、入ってもらったんすよ。三年生だから、もうすぐ就活であんまり参加できないかも知れない、って条件付きだけど…」


 いいボーカルなのに、長くてあと1年、それも間欠的にしか活動できないのか、とは言わずにおいた。私は黙ってビールを飲み、複雑な思いを胸に秘める。


「じゃあ、彼女の加入で、メジャーなBon Joviとかに方向転換をしたのかな」

「うーん、限界を感じてたんすよ」


 菊池くんは真剣な表情で、グラスを両手で包みながら話し始める。


「Deep Purpleは弾いてて楽しいけど、古すぎてオヤジ世代にしかウケない。誰もが楽しく聴ける曲をやりたいと思ってたところに、ちょうど安藤さんが来てくれて」

「大きな方向転換だけど、メンバーに不満はないのかな」


 村上が尋ねると、菊池くんはちょっと困った顔をした。彼は髪をかきむしりながら答える。


「うーん、ギターの吉本はちょっと物足りない、って言ってますね。もっとギターが前に出る曲がやりたいみたいっす。でも、ステージでもっと時間がもらえるようになったら、ギターソロのコーナーでもなんでもやっていいから、ってなだめてるんす」


 菊池くんは両手を広げ、なだめるような仕草をする。


「まあ、ギタリストの気持ちもわかるが、長いスパンで考えるとそうなるのかもな」


 村上がそうまとめた。彼は腕を組み、深く頷く。


「だからですね、やっぱり聴いてもらってなんぼなんすよ! いい演奏してたって、いい音出してたって、聴いてもらえなきゃ意味がないんです!」


 話がループしだした。菊池くんの声が大きくなり、近くのテーブルの客が振り向く。今夜はそろそろ引き上げた方がよさそうだ。


「そろそろ、年寄りは帰らなきゃな」


 私は時計を確認しながら立ち上がる。


「え、もう帰るんすか……」


 菊池くんは少し寂しそうな顔をする。


「まあまあ、俺たちはまた聴きに来るからな。頑張れよ」


 村上が菊池くんの肩を軽く叩き、励ますように笑いかける。私たちは店を後にしながら、若者たちの情熱と、自分たちの学生時代を思い出していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 菊池くんのキャラが濃いですね(*^^*)
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