ステージ3
ステージ3
その日の夜のこと。
宿屋の屋根にて、俺は月明かりを浴びながら長くなった自慢の銀髪を指先で弄りつつ、ミハエルのことを思い出していた。
「……」
魔族で、しかも元とはいえ魔王である俺と友人になりたいなど変わったやつだ。
しかも、理由を聞いたら……。
『そもそも、僕が魔王討伐を引き受けたのって、僕と同じまたはそれより強いって聞いててさ。強いなら『対等』になれるかなって思ったんだよね! 弱体化してしまったのは予想外だったけど……でも、君は弱体化しても僕への態度が変わらなかったから、かな』
と、照れながらそう答えられた。
その顔のミハエルを見たときに、変なやつだ、と思うのと同時に……あまりにも嬉しそうだったのが妙に胸を高ならせた。
奴の顔がいいからか? でも、それとはなんだか。違うような……?
思い出したら、また胸が高鳴ってきた。
顔をブンブンと振って、脳内からミハエルを追い出した。
「ふぅ……」
息を吐いて、一旦自分を落ち着かせる。
そう言えば、魔王になってから幾年か過ぎたが……魔族は俺を敬い讃え、人間たちは恐れ慄いていたな。
まあ、実力だけで魔王をやっていたからな……油断すれば、すぐに魔王の座などかすめ取られる。
対等な者などいなくて当然か……。
いつか、魔王でなくなるときが来るとは思っていたが……まさか、あんなマヌケなことで(しかも、ほぼ自業自得)。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
あの時は本当にどうしようかと思ったが、まあ今のところ俺の不在も女になったこともバレてないし、いいか。
ガサ……。
「っ!」
屋根に誰か登ってくる!
思わず、ミハエルに買ってもらった短剣を構える。
「待って、僕だよ」
そこには両手を上げた軽装の姿のミハエルが立っていた。
「フン、貴様か……」
短剣を腰のホルスターにしまい、臨戦態勢を解くと再び屋根に座った。
「使いこなせてるみたいでよかった」
ミハエルは俺の隣に来たかと思うと、そのまま座った。
「昼間は、ごめんね……べる、かるど」
言い間違えないようにか、俺の名前をゆっくり呼ぶ。
その姿がなんとなく面白かった。
「ふっ、あははは!」
「えー、なんで笑うんだよ!」
思い切り笑うと、ミハエルは眉を下げつつも怒っていた。
普段の俺なら、こんなくだらないことで笑わないはずなのに。
今日はきっと笑いのツボが浅いのかもしれない。
しばらく笑ってやったあとに、俺は言った。
「仕方ない、ベルと呼ぶことを特別に許してやろう! 俺を呼ぶたびにそれでは困るからな」
「え? いいの?」
怒っていたはずのミハエルは翡翠色の目を輝かせている。
態度の変わり様に、また笑いそうになるがそれは堪えた。
「ああ、まあ……だからと言って、ぬぁ!」
「ありがとう! ベル!」
恒例のようにミハエルは俺に抱きついてくる。
「僕のこともミーシャって呼んでいいよ〜!」
「呼ばんわ! 当たり前のように抱きつくな! 頬ずりもするんじゃない!」