第9話 欠陥
ミリアはますます驚愕する。
なんという事だ。彼の話を聞くにつれ、彼の無知さとそれに反比例するかのような素質の高さが浮き彫りになっていく――。
事実、キールがはじめて魔法を使ったのは、ミリアがはじめて「痕跡」を確認した前の日だった。
その時のキールはまだ「幻覚魔法」しか扱えなかったらしい。
この幻覚魔法、対象の一人に自分の思う状況を信じ込ませるという魔法なのだという。
ミリアは先輩魔術師から聞いたことがある。魔法の難易度としては、自然もしくは物体を対象とするもの、生物を対象とするもの、精神を対象とするもの、次元を対象とするもの、時間を対象とするものという分類があるが、今言った順に難易度があがる。
キールの「幻覚魔法」は精神を対象とする魔法なので、高度魔法である。
現在この国にいる国家魔術師のなかでも、この高度クラスの魔法を扱える魔術師は一人しかいない。
単純に相手に何らかのダメージを与えるという意味で言えば、ランクが一番低い通常難易度の魔法で充分だ。火をおこしたり、岩石を持ち上げたり、水流を生み出したりすることができる。あとは威力をあげるための修練を積めばよい。
しかし、魔法の「発動」と魔法の「威力」は全く別の要件となる。
つまり、通常クラスの魔法で高威力であればそれなりに国家魔術師として使い道がある為、それだけで充分なのだ。
しかし、上位、高度、超高度、最上位のクラスの術式発動にはそれに見合った素質が必要なのだ。これは、生まれ持ったものであり、訓練を積んでどうにかなるものではない。
ミリアの素質は現在のところ上位クラスであろうとされている。それでも、国家魔術師に片手の数もいない。だから、彼女は将来を嘱望されているのだ。
幻覚魔法を発動できるキールは、少なくとも高度クラスの素質を持っていることになる。
「へぇー、なるほどねぇ。そんなことになってるんだ」
「って、あんた、そんなことも知らなかったの?」
「ははは、面目ない」
「いい? せっかくだから基本的な魔法の知識について話すわね――」
そう言ってミリアは説明を続ける。
通常、魔法の生成は、「術式発動」と「魔法威力」の二つからなる。これは先ほど述べたとおりだ。
しかしこれだけでは魔術師としては必要最低限の技術しかないことになる。
というのも、高技術魔術師はいくつかの「術式」を編み上げてさらに威力や効果を増幅させて使うものだからだ。
例えば通常術式の「火炎」と「送風」を組みあわせて放つ「火炎放射」や、「水成」と「物理移動」を組み合わせた「高圧水流」などは基本的な錬成魔術式だ。
このように複数の魔術式を発動させて同時もしくは段階的に発動させることを総じて「魔法錬成」という。
キールの話を聞くと、あの納屋裏事件の時に彼が使った魔術式は4つだという。しかも、初めから最後までの途中で魔法を発動していないことはミリアも目の当たりにしている。
つまり同時もしくは段階的に使った魔術式は「4」なのだ。
この国の最高魔術師と称されるあの方でさえ「4」が限界だ。ミリアもようやく最近「3」できるようになったところだ。
錬成「2」が国家魔術師クラスの必要条件であるが、錬成「3」は全体の1割ほどしかいない。ましてや錬成「4」の魔術師など、現在の世界中合わせても片手にも満たないのだ。
しかも、キールが魔法能力に開眼したのはつい半年ほど前だというのだから、とんでもない素質だと言える。
「わかった? だから、あんたの素質は途轍もなく《《ヤバい》》のよ」
「ええっ? どうしよう? これって命やばいよね?」
「本当は王国魔術院に登録して、王国の加護を受けるほうがいいのだけど――。そうなると、この国に縛られることになるわ」
「そ、それはちょっと、勘弁かな……」
「そうよね。私みたいに貴族家ならいずれにしても生まれたときから縛られてるようなものだから、特に抵抗はなかったけど、あんたたち平民にしてみれば、国家の恩恵も保障もない身分であるのと引き換えに保持している自由出国権を手放す気にはなれないわよね――」
この世界、国家はいくつか存在しているが、互いに均衡を保っており、それほどの緊張状態ではない。そして、一つの協定が結ばれている。それが「自由出国協定」だ。
国政に関する各首長に任じられる資格を持つ指定貴族家以外の人民は、「平民」と呼ばれ、彼らは現在住んでいる国家に対して租税を納めてその国に住むことを許される。その代わりに、いつでも自由に他国へと移住してもよいという権利を保障されている。
その為国家は少しでも「平民」を獲得できるような政策をとるようになり、現在の主流は「平静経済主義思想」だ。つまり簡潔に言うと、戦争しないで経済活動を活発化しよう、というものだ。
「――ミリア、僕にもっといろいろと教えてくれないか? もう君だけが頼りだ――」
「な? わたしが?」
「ああ、恐らくだけど、僕の能力では自由出国権を諦めて国家魔術院へ登録志願したとしても、受け入れられないと思う。平民ということもあるけど、そもそも魔法の知識が乏しすぎるんだ。それに僕には決定的な欠陥があるみたいなんだよね――」
「欠陥?」
「ああ、欠陥だよ。君が言う事の通りだとすれば、僕はこの国では絶対に疎まれることになる。この素質は《《過ぎている》》んだ――」
「どういうことよ?」
「だって、考えてもみろ。この国の国家魔術師のトップと同等以上の素質を有していることになるんだよ?」
「あっ――」
「そんなこと、あの人が許すわけないだろう? この国の国家魔術師の長、ニデリック・ヴァン・ヴュルスト。『氷結の魔術師』が――」