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お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。  作者: 永礼 経


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第72話 この日のために

――クルシュ暦366年11月下旬

メストリル王国、国家魔術院院長執務室隣、応接室――


 実に約9カ月ぶりにキールはメストリルへ戻ってきた。


 今回の帰郷は一時的なものになるはずだ。キールの今回の帰郷の目的は、あくまでもメストリル国家魔術院との交渉であり、キール自身はまだカインズベルクのメイリンさんの下宿宿に荷物を残したままだからだ。

 それに現状においては、なにかとカインズベルクに拠点を置いている方が都合がよい。仕事もあるし、魔法書の解読も向こうの方が都合がよいのだ。魔法の訓練もアステリッドが向こうにいる間は一緒の方がいいと思っている。


 アステリッドは来春には卒業する。そうなった場合、おそらくは一旦帰国するだろう。その後の進路についてはまだ詳しくは聞いていないが、そのままカインズベルクの大学へ進学するのか、それともメストリルへ戻って王立大学へ進学するのか、いずれにしても一区切りつくはずだ。


 キールにしても、その辺りでどうするかを決めようと思っていた。場合によっては、カインズベルクの大学へ編入試験を受けるという事も実際、選択肢の中には入れている。


 ともあれ、今日のところはニデリック院長との会談を「無事終了パス」して、カインズベルクへ戻ることを一番に考えなければならなかった。



「初めまして。ニデリック・ヴァン・ヴュルストです。キール・ヴァイスくん、会えて光栄ですよ」

 年齢はまだそれほどいっていない、むしろ、キールが思っていたより若かった。

 この当時、ニデリックはまだ38歳だ。『氷結の魔術師』。錬成「4」。クラスは「高度」。

 おそらく世界でも5本の指に入る超級魔術師の一人だ。この若さであることを鑑みれば、世界一と言っても過言ではないかもしれない。


「初めまして、キール・ヴァイスです。こちらこそまさか平民の僕が、国家魔術院の院長様とお出会いできる日が来るなんて思ってもいませんでした」


 そう言って互いに手を出し握手を交わす。しかし、その裏ではすでに魔法感知術式を発動させて相手の力量を推し量ろうとしていた。まあ、こういう行為は魔術師同士が初めて出会った時の風物詩ともいえる光景だから、さして珍しくもないのだが。


「ふうむ。なるほど、相当な魔力量のようですね。いやいやいや、我々魔術院がどうして君という存在に今まで気づかなかったのか、不思議で仕方がありません」

ニデリックは魔法感知を解いて微笑みながらそう言った。


「私が魔術師になったのはつい最近、厳密には昨年の春のことですから、それでではないでしょうか――。それまでは私自身まさか自分にこのような能力があるとは思ってもいませんでしたので」


 この点についてはすでにミリアと打ち合わせ済みである。

 キールとミリアは事前にこういう日のためにいろいろと「設定」を用意しておいた。その中の一つに、『キールが魔法に目覚めたのは王立大学に入ってからで、その素質をミリアに見出みいだされたからである』というものがある。

 『しかし、そもそも完全に素人で国家魔術院の保護対象になるほどではなかった』ことになっている。

 その後開花したキールの能力については、キール自身が意図的に秘匿しており、今でもミリアはそう信じこんでいて、まさかキールが錬成「4」で「高度」クラスであるという事は知らなかった、という設定だ。

 まあ、少々無理があるとは言えるが、建前としてこうでも言っておかないと、ミリアの国家魔術院での立場が危うくなりかねない。


「そういうことにしておこう。我々としても君を見逃していたというのは、あまりつつかれたくない部分ではあるのですから――。それより――」

ニデリックはこれまでのことより、今後どうするかの話を早く進めたい。

「ここにいるネインリヒから聞いていますが、我々と契約を結びたいとか。こちらからの申し出についてはどのように思われたのですか? 決して悪い条件ではないと思いますが?」

 ニデリックが応接室で二人が掛けているソファセットのかたわらに立っているネインリヒの方を指しながら言った。


「はい。とても好条件で身に余るお話でございます。しかしながら私は平民です。貴族様方の世界とは縁遠いものです。とてもそちらの世界でやっていけるとは思えません。それに、特に私は気ままに生きるのが性分です。そのようなものに、領主や政治などの重責が務まるわけありません。何よりまだ若すぎます。経験も知識もとてもじゃないですが不足どころの話じゃありませんから――」

キールは出来る限りやんわりと拒絶している。


「なるほど――ね。まあいいでしょう。それで君の言う契約というのはどのような内容なのですか?」

ニデリックとしては提示した条件が反故ほごにされた以上、その話をしても何も生まないことは分かっている。それより話を先に進めた方がいい。


「特に難しいことではありません。私を《《協力者》》という位置づけにしてはいただけないでしょうか――」


「協力者?」


「ええ。私にとってもこの国メストリルは母国です。もうご存知かと思いますが、里には年老いた祖父がまだおりますし、世界を飛び回っている両親も一年に一回は戻ってきて一緒に時間を過ごすこともあります。ですから、この国のために私の力がお役に立てるというのなら、むしろ光栄というものなのです」


「――――」


「しかし、その反面、私は平民で奔放な性格です。まだ若く世界を巡ってみたい思いも強く持っています。なので、自由出国権、ことに移住権に関しては譲れないところがございます」


「なるほど、国家に縛られるのはすこし抵抗があると、そう言いたいのですね」


「はい、要はそういう事なのです。わがままだと思われるかもしれませんがどうかご理解ください」


「それで、報酬は何をお望みですか?」


(来た――。ここが一番難しいところなのだ)

こういう質問に対しては今は何が目的なのかを常に意識して答える必要がある。その上で相手から思っている答えを引き出さなければならない。その為には相手の性格も考慮しないといけない。


 そうしてミリアと二人で打ち合わせた最適解はこうだった。


「特に何もいりません。ただ平民のままでいさせてくれればそれで構いません」



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