第692話 道中談義
クルシュ暦372年5月中旬――。
今回は、陸路で行くことにした。
ジョドやべリングエル、そして、リーンアイムの3人は、『翡翠』や『英雄王』たちと、会議らしい。
おそらくは、『竜芯』についての今後の扱いについてどうするかということの話だろう。
まあ、急な時は「腕輪」で呼べば応えてくれるだろうし、竜族の飛翔能力なら、単独ならここまで数分もかからないはずだ。
今回の旅の仲間だが――。
キール、ミリア、アステリッド、そして――。
「いやぁ、ホント、旦那とは縁があるんだなぁ! まさか、たまたま出会うなんてな?」
「うるさいよ。まったく、どうしてついてくるんだよ?」
「え? そりゃあ、おもしろそうだからに決まってるじゃないか。アンタと一緒にいると、なにかと楽しいことにぶつかりそうな気がするんだよなぁ」
――そう、もう一人、ジルベルト・カバネラも一緒にいる。
キールたちは、大学の通用門で今朝待ち合わせ、そうして、目的の場所『旧ウィンガード城砦』へと向かう予定だった。
そこへたまたま通りがかったジルベルトがキールを見止め、キールたちの装いを見て、これは何かの探索か魔物案件だと嗅ぎ取り、ここまでついてきたという訳だ。
『旧ウィンガード城砦』は、メストリル王国の北に位置する、現在はメストレー男爵家が治めているケルヒ領にある。
メストリルからは、ほんの半日という距離なので、昼すぎには到着するだろう。
日が高くなったころに早めの昼食を取り、目的の場所へと向かうことにしている。
「なんだか、懐かしいです――」
アステリッドが言った。
キールは、そう言えば、アステリッドの故郷はこのケルヒ領だと言っていたなと思い出す。
「そう言えば、コルティーレ男爵は、その昔、このケルヒ領のメストレー家に仕えていたんだったわね?」
と、応じたのはミリアだ。
コルティーレ男爵とは、アステリッドの父のことだ。
貴族にもいろいろと「しきたり」のようなものがあるらしく、所領の大きさも様々なようで、同じ爵位でも差があるらしい。
コルティーレ男爵家の所領はあまり大きくはなく、このケルヒ領の一部ということらしい。
「はい。今は王城勤めになっていますので、主にメストリーデの屋敷に詰めていますけど、私がカインズベルクへ行くまでは、このケルヒ領で過ごしていましたから」
と、アステリッドが返した。
そうだった。たしか、アステリッドがカインズベルクの魔術士教育学院に進学するにあたり、メストレー男爵家から奨学金をもらったと言っていたことを思い出す。
「魔術士教育学院に入るまでってことは、14歳ぐらいまでってことね? じゃあ、結構記憶も確かなんじゃない?」
と、ミリア。
「はい。その頃は領民と一緒にその所領に住んでいましたから、何人かは見知った顔もありますけど――。さすがに子供ですから、今は見てすぐわかるかどうか――。街並みとか変わってないところもあるでしょうけど」
とアステリッド。
二人はそんな会話を続けている。
「――で? 今回はどこの「迷宮」なんだよ? そろそろおしえてくれてもいいじゃねぇか」
ジルベルトがキールに聞いてくる。
「「迷宮」じゃないよ。ただの廃墟さ。旧ウィンガード城砦に行く。そこである場所を探したら終わりだよ」
キールはわずらわしさから素っ気なく答えるにとどめる。
「旧ウィンガード城砦? 聞いたことないな。そんなところに何しに行くんだよ?」
「なんだっていいだろう? お前が勝手についてきただけなんだから。何なら、今からでも帰ればいいじゃないか?」
「またまたぁ、そんなこと言って。実は旦那も久しぶりで楽しんでるんだろう?」
「楽しんでない」
「ああ、そう言えば、確かこのあたりの名産って、ラズベリーなんだってな?」
「はぁ? 何の話だよ?」
「あ、いや、ルドのやつが前に言ってたなと――。この地域のラズベリージャムが美味しいんだとか」
このジルベルトの言葉にアステリッドが一早く反応を示す。
「さすが、ルドさんですね! そうなんです。この地方の名産はラズベリーで、数あるラズベリー商品の中でも、ラズベリージャムはヘラルドカッツェ王室御用達でもあるんですよ?」
なんと、あのヘラルドカッツ王国国王までがそれを使用しているというのか、と、キールは少々驚いた。
「そうなんだってな? 嬢ちゃん、帰りに一つ、ルドに買って行ってやりたいんだが、案内してくれねぇか?」
「もちろん! ルドさん、喜びますよ? なんだかんだ言って、ちゃんとルドさんのこと考えているんですね? ジルベルトさんって」
「――あ! いや、別にそれは――」
「照れなくてもいいじゃないですかぁ」
「て、照れてない!! 俺はただ――」
さすがのジルベルトもアステリッドの攻撃は躱しきれなかったと見える。