第689話 クリストファーのもとにもたらされたもの
クリストファーはヘラルドカッツに戻ったのち、多忙を極めていた。
取り敢えず、即日、東のデリアルスへと通信装置及びアンテナの建造チームを派遣しなければならなかった。
そちらの方へは、すでに経験を積みつつある助手のデジムさんをチームリーダーに据えて向かわせることに。
デジムことデジムート・バウマイスタという男は本当に変わった男だ。
ジュール遺跡に不意に現れたこの「旅人」は、どうやら「遺跡」に興味を持ったらしく、なら、見て行けば? と言ったら、結局そのままクリストファーのチームに入り込んでしまった。
その後、いろいろと話を聞いていると、あのキールさんとも知り合いだったという。大学在学中はほとんど学校に出ず、諸国を放浪しては、誰かと一緒にしばらく暮らしたり、その地方の有名な武術家に弟子入りしたりしていたらしい。
本当かどうかは本人の言葉を信じるしかないが、体力的にも体幹的にも、相当の運動能力を備えていることがわかるまではそれほど時間はかからなかった。
そんな男だが、もちろん、「科学」については素人だったため、クリストファーの研究チームに帯同していても、技術的・学術的な助けにはならなかったが、それ以上に、運動能力的には建設チームの職人さんたちの数倍の労働力を提供し助けてくれている。
それ以外にも、研究チームの資料や実験道具、各部部品や試作機の搬入搬出などを率先して引き受け、研究チームの面々から信頼を勝ち取るまでそれほどの時間はかからなかった。
今では、「現場監督」として立派に信頼を得、作業工程の管理や職人や作業員のケアなどを担当できるまでになってきている。
これまではクリストファーが帯同して各部管理の点検などを行っていたが、この間のキュエリーゼの建設現場で、すでにクリストファーが付いていなくとも問題ないということがわかった為、今回は彼をリーダーとしたチームを編成することにしたわけだ。
これでデリアルスの方は一応片が付いたと見ていい。建設場所については、すでに打ち合わせを済ませておいたから、あとは工事を始めるだけだ。ひと月ほどで通信装置が完成することだろう。
だが、今回自分がこのヘラルドカッツに残ることにした「理由」が次々と湧き上がってきている。
――融資の申し入れ、だ。
正確には、通信設備の建設費の割賦払いの申し入れ、だ。
すでに、フロストボーデン王国とケウレアラ王国から打診が来ている。
さすがに3国同時に行うことはできないため、一時凍結し、一月後に再度検討するという返事を持たせて本国へと使者を送り出したが、これ以上打診があると、財政面での問題というよりは人員的な問題が発生することになる。
今回の「デジム・チーム」は、各部リーダー的な役割ができるもの「数名」で組織している。あとは、現地で職人や人員を募集して賄おうというものだ。
これが上手く稼働できるようであれば、今後もこの形を取っていけばいいが、もしいろいろな問題が出てくるようなら、チーム編成を考慮しなおす必要が生じてくるかもしれない。
そうなれば、数か国同時に工事を行う事が難しくなる可能性も否めない為、ひとまずはデリアルスの工事の経過を見てから話しを進めるということで、各国の使者には説明し、納得してもらった。
「教授――。実はお話が――」
クリストファーが自室で書類を整理している時に、静かに部屋に入ってきたフランソワが、すこし複雑な表情でそう声を掛けてきた。
クリストファーは、何ごとかと身構える。いつものフランソワなら、こんなに遠慮がちな態度を見せることは無い。
「どうしたの? なにか、体調にでも問題があるの?」
クリストファーはさすがに不安になってそう問い返す。
「――え? あ、いえ、そう――でもないこともないんですけど……」
と、フランソワ。
「そうでもないこともない? って、やっぱりどこか体の具合が悪いんだね? すぐに診てもらわないと――」
「あ、いえ、もう、診てもらったんです――」
「あ、そうなんだね? で? どこが悪いの? どこか痛むのかい?」
「いたって、健康――だそうです。順調ですから、安心してくださいって――」
「え、え? 健康? 順調? だって、具合が――」
「赤ちゃん――!」
「へ?」
「せんせい、私、お腹に赤ちゃんがいるんです――」
クリストファーは、さすがに驚いた。
が、今のフランソワの表情の意味を即座に理解する。フランソワは、自分の邪魔になるのではないかと考えているのではないだろうか――。
クリストファーはすぐに机から立ち上がり、フランソワのもとに駆け寄ると、優しく抱きしめた。
「フランソワ――、ごめん、気付かなくて。大丈夫。何も心配することなんてないよ。おめでとう、フランソワ。そして、本当にありがとう」
「せんせい……、産んでもいいんですか?」
「もちろんだよ。正直驚いてまだ、よく分かってないけど、でも、嬉しいことだってのは分かってる――」
「あ、ああ――わたし、せんせいのお仕事のお邪魔になるかもって――」
「そんなことは無いさ。大丈夫。それよりフランソワは、体を大事にして、元気な赤ちゃんを産んでね? ああ、僕の息子か娘に数か月後には会えるんだね――」
そして、二人は微笑み合うと、唇を重ねた。




