第683話 ルイ・ジェノワーズとキール②
「ああ、商売と言やぁ、新規出店の話が来てるんだが、どうする?」
と言ったのはルイではない。ジルベルトだ。
もちろん聞いている相手もルイに、ではなく、キールに、だ。
「ちょっとまて! そんな話、初めて聞くぞ!?」
ルイは戸惑ってジルベルトに向かって怒鳴る。
この商会の代表は自分であって、キールではない。その想いだけは永久に不滅だ。その自分を差し置いて、ジルベルトが自分も知らないことでキールに判断を仰ぐのはさすがに気分が悪い。
「――そりゃあそうだ。今初めて言ったんだからな。まあ急ぐ話でもないしな。今聞いたのは、あくまでも『相談』だ。『決断』を聞いてるわけじゃねぇよ――」
ジルベルトはそう嘯いて、全く意に介する様子はない。
「新規出店? どこだよ?」
と、キールもまたルイの言葉を意に介さず話を続けようと促す。
「おい! 俺の話を――」
「わかってるよ、『判断』はお前がすればいい。俺が聞いてるのは、『政治的な話』だ。どこの国がメストリルと距離を縮めようとしてるかって、そういう観点だ」
「ぐっ――」
「ルイ、ジルベルトがお前に言う前に俺に聞いたのは、そういう問題を孕んでいるからだ。これが、ウォルデランの国内の話なら、わざわざ俺と会うまで引き伸ばしはしないさ。だろ? ジルベルト」
ルイが怒気を強めるのに対して、キールが制してくる。確かに、新規出店の話だけであれば、ルイの一存で決められる。が、国家間の政治的な話が絡んでくるとなると、そうもいかない。
ルイの商会はメストリル王国で申請しているものであり、その活動が国益に反するとなれば、王国政府からの風当たりが強くなるのは、いくら『自由経済社会』と言えどもあり得る話だ。
ウォルデランにはすでに2号店が出店し、その経営状況はかなりいい。
バックについているスポンサーも、ウォルデランの貴族家が数件になっている。
しかも、そもそもウォルデランとメストリルは姉妹国だ。ウォルデラン王国建国以来、両国は同盟関係にある。
その国の王都以外の街に出店をというのであれば、確かになにも政治的な障壁などないことはルイにも分かる。
「さすがダンナだ、どこかの金の亡者とは違うねぇ」
「ぐ、ジル、お前――!」
「かかか、冗談だよ、おぼっちゃん。経済人なんだから、金に固執するのは悪くねぇさ。むしろ、それに対して意欲的なのは、代表として必要な素養だ。でも、そんなお前だからこそ見落とすものってのもあるのさ。だから、ダンナに『相談』してんだよ。しかも、お前にも分かるようにお前の目の前でな?」
と、ジルベルトが現在の状況を説明する。
ん? 今、何気に俺のことを貶してなかったか? それとも――。
「それで?」と、キールが促すのに対して、ジルベルトがソファに沈めていた身体をすこし前傾させた。
「――リトアーレ、だ」
と、ジルベルトが言った。
「「リトアーレ?」」
と、ルイとキールの返事が重なる。
リトアーレ王国――。場所は、メストリル王国から見て南東に位置する隣国だ。メストリル王国との関係は、特に悪くはない。
「ああ、そのリトアーレの伯爵家、シャルリンド家がバックについている商会、ゲルカール商会が今回の申し入れ元だ」
「シャルリンド家――。ゲルカール商会――。いや、あまり聞いたことがないな……」
「だろうな――。シャルリンド家というのは、伯爵家でありながら、あまり政治的には関与していないと聞いている。なんでも、名誉騎士称号とかいうものを叙勲されているらしく、政務は免除されているとかで、主に商人ギルドとの関係が強いらしい。つまりは、豪商を取り巻きにして商業界でかなり活発な活動をしているらしい」
「わかった――。少し時間をくれ。こちらでも少し探ってみるよ」
「だろうな。ダンナがそう言うと思って、返事は引き延ばしてある。まだ数十日は大丈夫だ」
「すまない、出来る限り早く返事を返すよ」
「ゲルカール……。どっかで聞いたような気がするんだがな――。どこだったか――」
ルイは、その名に聞き覚えがあるような気がして口を挟んだ。が、何だったかはっきり思い出せない。
「ルイ、何か知ってるなら、それはまた教えてくれ。この件については、また後日改めて話し合おう――」
とキール。
「わかった。因みに条件はかなりいい。はっきり言えば、申し分ない。障害が何も無いなら、商売的には進めていい話だと思ってるってのが俺の意見だ」
と、ジルベルトが私見を述べたところでこの話は一時中断となった。