第660話 素直な心でいれば
それから瞬く間に1週間が過ぎた。
ライカールト・バッズのクラスは「盾持ち」に、ケイト・ラージャのクラスは「支援魔法士」に向いた訓練がなされた。
そもそも体が丈夫なライカールトは、敵の攻撃を受けもつのに向いていたし、「治癒」と「防御力上昇」を軸として、仲間の生命維持を優先的に考え行動する「支援魔法士」とケイトの性格的な特性はマッチしており、二人はそれぞれの「パーティでの動き・働き」をメキメキと上達させていった。
仮に「二人パーティ」であったとしても、ライカールトの粘り強さと、ケイトの的確な状態管理をもってすれば、適正モンスター数体に囲まれたとしても、落ち着いてやれば問題なく攻略できるのだということを、訓練の中で充分に理解することができた。
「そりゃ――、シールドバッシュ!」
ドン――!
「んで、ホリゾンタル・スラッシュ!」
シュバッ――!
カァン――!
ライカールトの斬撃がレックス師範の盾を打ち鳴らす――。
「オッケー、いい連携攻撃だ! いいだろう――、合格だ」
ついに、レックス師範から「合格」の宣言がなされた。
「よっしゃあ! やったぜ、ケイ!」
ライカールトは、ケイトに向かってガッツポーズをとる。ケイトがそれに対して、パチパチと両手を打ち鳴らした。
「おめでとう、ライ」
「ああ、ありがとう、ケイ」
「ケイも、よかったよ? 立ち位置も、施術タイミングもバッチリだったわ。ケイももちろん『合格』ね」
と、ケイトに合格通知をしたのはアステリッド師範だ。
「あ、ありがとうございます!」
「やったな! ケイ!」
「うん!」
と、いうわけで、二人の特別訓練課程が修了した。
今思えば初めの頃はどうなるかと思ったが、毎日毎日弾き飛ばされ、転がされしているうちに、腰に芯が通るという感覚がなんとなく理解できるようになり、多少吹き飛ばされても体勢を崩さなくなり、ついで『盾かちあげ』を繰り出せるようにまでなり、最終的には追撃の『水平斬り』まで繋げることができるようにまで上達した。
これまでただ闇雲に目の前の敵を力任せに切り伏せていただけだったことがよく理解できた。
自分の力量もわからず、ただケイの支援魔法をあてにして切り込むなんてことをやっていた、ついこの前の自分の行動がいかに無謀なものであったかを、まざまざと感じさせられる結果となった。
「俺! ちょっと行ってくる――!」
ライカールトはそう皆に言い残すと、さっき休憩の時に見かけた「あの人」がまだいるかもしれないとギルドホールへ駆け出した。
ホールは相変わらず冒険者たちでごった返していたが、「その人」はまだ受付横の待合所で仲間と談笑していた。
――いた!
ライカールトはまっすぐ「その人」のところへ駆けてゆくと、声を掛ける。
「センパイ! 先日の無礼をお詫びします!! 本当に申し訳ございませんでした――!」
ライカールトがそう告げた相手、「その人」とは、先日ライカールトに苦言を呈したあの青銅級冒険者だった。
「な、なんだよ急に? あ、ああ、お前この間の――」
「はい。先日は先輩の忠告に対して素直に受け止めることが出来ず、すいませんでした。俺、この一週間ほどの特訓で、ようやく自分の情けなさを理解できたんです――。だから、この間の非礼をお詫びしたくて――」
「ふん、まあ、いいんじゃねーの? わかったんならそれでよ? まあ、せいぜい、彼女を悲しませないようにな?」
「はい! ありがとうございます!」
ライカールトは再度「その人」に最敬礼をすると、踵を返して訓練場に駆け戻った。
素直に自分の非を認め謝罪できたのは、「その人」が自分に対して言ったことが、まさしくライカールトとケイトのことを思っての言葉だったと理解できるようになったからだ。
『――おい小僧、今日はたまたま運が良かっただけだ。そんなことを続けてると、お前もお前の大事なその嬢ちゃんも、死ぬぞ?』
あの人はそう言ってくれた。
「素質がない」とも言った。が、それも理解できた。
何でもかんでも自己流でなんとかできるほどの素質はないのだという意味だ。
実は初めに「あの人」が言った言葉は、
『まずは金を貯めて特訓を受けるんだな、小僧――』
だったのだ。
それを、自分たちを見下した言葉のように受け止めて過剰な反応をしてしまったのは、直前の迷宮での出来事が自分に深く突き刺さっていたからだろう。
お前はダメなんだと言われているように聞こえてしまった。
すると、どうにも整理が付けられなかった心が行き場を失って、怒りに変わってしまったのだ。
(特訓を受けてみて、ようやくそれが理解できた。あの人の言ったことは「正しかった」んだ――)
素質がなくとも、特訓を受ければ個別に指導してもらえるため、自分には気付けなかった自分自身のことを引き出してくれる。
それによって自分がどうすれば一人前の「冒険者」に成長できるかの道筋を示してくれるのだ。
ライカールトは自分自身が意外と我慢強く、体も丈夫であることを「知らなかった」のだが、特訓を受けて初めて自分が「盾持ち」の適性があることを知った。
あとはひたすら、師範の教えを吸収することに専念するだけでよかったのだ。
これからは、もっと自分に自信を持とう。そうすれば、人から掛けられる言葉の真意に気付かず反発することも少しは減るだろう――。
そう心に決めるライカールトだった。




