第657話 ローズ、決める
くっ……!
と、その冒険者はローズの勢いに怯む。
首の下あたりにぶら下げられた冒険者証は青銅――。銅級のローズよりは一階級上だ。
しかし、ここで退くわけにはいかない。冒険者の世界は良くも悪くも「実力主義」だ。
ただ、その「強さ」にもいろいろある。
この場で試されるのは、腕力ではなく、意思の強さだ。
「何があろうとこれ以上は許さない」という覚悟である。
「ちっ……、別に俺はそいつをどうしようとか思ってないさ」
と、その冒険者は零した。
「――おい小僧、今日はたまたま運が良かっただけだ。そんなことを続けてると、お前もお前の大事なその嬢ちゃんも、死ぬぞ? じゃあな――」
と言い捨てると、仲間たちと共にギルドの玄関を出て行った。
ローズは、ライとケイに向き直ると、
「大丈夫だった?」
と、声を掛ける。
「――もう! ローズったら、後先考えて行動してよね!?」
と、ハルちゃんが駆け寄ってきた。
周囲の者たちも、取り敢えず一段落したかと胸を撫で下ろし、自身の用事に向かい始めた。
「あはは、ごめんね、ハルちゃん。思わず飛んじゃった」
と、そうハルちゃんに返した後、ライとケイに再び視線を戻す。
「さっきの先輩冒険者に何を言われたか知らないけど、最後に言った言葉は私も同感よ――。ライ。痛いところを突かれて腹が立つのはわかるけど、さすがに相手と状況を見て行動しないのはよくないわ?」
と、ライカールトに向かって言った。
「ああ、それは、その通りだ――」
と、ライも同調した。
「たびたびすいません。私がしっかりしてれば……」
と、ケイもライを支えながら俯いてしまう。
結局、ローズは「それしかない」と思ってしまった。
――自分が出来ること。
ローズはハルの方に視線を向けると、視線で了解を得る。
ハルちゃんはただ目を閉じて、やや諦め顔で小さく頷いた。
「二人とも、私たちのパーティに入らない? 実は私たちもあなたたちと同じ『銅級』なのよ。だから、クエストも同じものを受注できるわ」
******
「パーティ名は――」
「『囁く狼』――、だよね?」
ローズがテーブルのジョッキに手を掛けて言いかけるのに、被せるようにハルが言った。
「どうしてわかったの?」
「だって、ローズが名乗るパーティ名だよ? それしかないじゃん」
ローズは実はあらかじめ支部長に聞いておいた。
過去に存在したパーティの名を名乗ってもいいのか、と。
本来、パーティ名は記録にあるものと同一のものは使えないことになっている。
冒険者ギルドには各冒険者の記録が保管されていることはすでに述べているが、その為、同一名称があると、混同する可能性があるからだ。
冒険者の名前が同一なのは避けようがない為、パーティ名で区別されることもある。というより、主にその傾向の方が強い。
『囁く狼』はローズの父母と祖母が使っていた『パーティ名』だ。
つまり、「過去」に存在していた名称である。なので、通常は使えないのだが――。
「支部長が、お前が引き継いだという形であれば問題ないって言ってくれたのよ。引き継げるのは過去にそのパーティに所属していたもの、もしくはその血を継ぐものということになっているらしいんだよね――」
「よかったね。でも、二人はいいのかな?」
と、ハルちゃんが同じテーブルについている男女に順に視線を投げた。
「え? ああ、別に構わないよ。俺はあまりこだわってないから――」
「あ、私も大丈夫です。『囁く狼』ってなんか、かっこいいですね」
と、二人、ライカールト・バッズとケイト・ラージャも賛同する。
「ありがとう! じゃあ、『囁く狼』の誕生を祝して~、かんぱーい!」
「「「かんぱ~い!」」」
4人はテーブル中央でジョッキを打ち鳴らした。
「――さて、それではまず、リーダーを決めましょう」
「って、もう、ローズでいいじゃないか」
「だな」
「ですね」
「私でいいの?」
「だって、お前が引き継ぐならって支部長が言ったんだよね? じゃあ、このパーティリーダーはローズしかいないじゃないか」
「まあ、そうなんだけど、ほら、一応、ね?」
と、ローズはやや気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべると、
「では、不肖、ローズ・マーシャル。この『囁く狼』のリーダーを務めさせてもらいます!」
と、宣言した。そして、
「では、まず、リーダーの初仕事として、ライとケイにはギルドの訓練課程の再受講を申し付けるわ。支部長には明日朝、話を通しておくから、明日の午後から早速始めてね?」
と、言い渡す。
「え? でも俺たち、訓練費用なんて持ってないぜ?」
と、ライ。
「それは大丈夫。私たちの蓄えがあるから。もちろん、おいおい返してもらいますけどね? 出世払いで」
と、ローズが片目をパチンとやって見せた。
そして、その翌日から1週間、ライとケイは再訓練課程を受講することになった――。




