第654話 要救助者
「助けてくれ――! 誰か――! 誰か、いないのか――!」
【スケルトン】討伐をしていた二人の耳にその声がいきなり飛び込んできた。
「え? なに?」と、ローズが反応する。
「人の声――だね……。どうする、ローズ?」と、イハルーラ。
「そりゃあ、助けに行く――でしょう?」
「だよねぇ――。でも、無理はダメだよ?」
「とにかく行ってみましょう。見てダメだったら、諦めて引き返して助けを呼ぶしか――」
「そうだね。急がないと間に合わないかもだし――」
二人はそう決定すると、声の方角へと駆け出した。
迷宮の中をしばらく進むと、キンッ、キンッという剣戟の音と、「この! くそっ!」という男の声が聞こえてくる。
声の感じからしてまだ若い少年のようだ――。
「あっ! あれじゃない!?」とローズが視界に捉えたのは、数体の【スケルトン】に囲まれ奮戦する少年が一人、そして――。
「――ローズ! あの女の子の方――! 急がないとやばいかも!?」
ハルがローズの言いたいことを先に言う。
そうなのだ。
少年が片腕でスケルトンに応戦しながら、もう一方の腕に抱えているのは、頭部から血を流し、ぐったりする一人の少女だった。
装備の感じからすると、少年は剣士、少女は魔法使いか――。
「ハルちゃん! 私が先行して、タゲを取るから、その間にまずは女の子の治療を――!」
「オッケー、分かった! でも、無理はしないで? そっちへの治療は後回しになるから――」
「分かってる!」
言いながら、ローズはさらに加速する――。
ぐんぐんとハルから離れてゆくが、今はハルを信じることにしよう。
治療にかかる時間がどのぐらいかは見当が付かないが、それまではタゲとりを維持しなければなるまい。
やがて、一番手前の【スケルトン】に剣撃が届く間合いにまで詰めたローズは、やあ!と気合一閃、横薙ぎにその【スケルトン】の足を払った。
カランと乾いた音を立てながら、足を砕かれたその【スケルトン】は、その場に膝から崩れ落ちると、衝撃でばらばらに砕ける。
「そこ!」
と、狙いを定めた利き腕の剣をまっすぐに突き出す。
その剣先で、「核」を貫かれたばらばらの【スケルトン】はただの骨の束と化した。
「――あ、ありがとう! ケイが――」
「ええ、わかってる!」
少年が少女の状況を伝えてくるのを察したが、今はそれを聞いている余裕はない。
ローズは態勢を整えると、まわりに素早く視線を流す――1、2、3……5体!
まだあと5体もいるではないか――。
「あなた! まだ戦える!?」
「あ、ああ俺は大丈夫だ――」
「なら、その子は私のパートナーに任せて、あなたも手伝って――」
少年はその言葉に合点した様子で、わかったと即答すると、少女をその場にゆっくりと横たえ、立ち上がって剣を構える。
「いい? 1体だけ受け持って。あとはなんとかするから!」
「あ、ああ、わかった!」
「すこし、ここから離れるわよ?」
「ああ」
二人は刹那に打ち合わせを済ませると、5体の【スケルトン】へと斬りかかった――。
その後、数秒のうちに2体の【スケルトン】を粉砕したローズがちらりと少年の方を見やると、【スケルトン】1体と切り結ぶ少年の姿が目に入る。
(なんて下手な戦い方なの――? この子、あまりにも――)
素人すぎる――。
特に気になるのが、「視線」だ。
素人あるあるといえばそうなのだろうが、相手が振り下ろしてくる剣にばかり気を取られて、防戦一方なのだ。
(このレベルが駆け出し冒険者の実態なのかな――?)
残り2体の【スケルトン】を引きつけながら、少年の様子にも目を配る。ただ、防戦一方ではあるが、相手の攻撃を受けることは出来ている。おそらく、しばらくはやられることは無いだろう。
(となると、こっちがどれだけ早く終わらせられるか――だね)
意を決したローズは2体の【スケルトン】に集中することにした。
通常、数が多いほど相手するのが大変だと思われがちだが、実のところはそうとも限らない――。
というのは、ティット師範の教えの一つだ。
実際のところ複数で取り囲まれたとしても、相手も得物を持っている状態なら、互いの距離感を気にしなければならないため、動きが現実的に制限される。結果として、必然的に隙も多くなり、急所攻撃の機会も増えるのだ。
最初の2体はその機会を逃さず、一撃で「核」を突けたが、2体ぐらいになると、途端に急所突きの難易度が上がる。
そこからは丁寧に慎重に、だ――。
ティット・デバイアは最強ランクの冒険者であり、恐らく「遊撃手」としては世界最強だとギルマスのブリックスさんが言っていた。
そのティット師範をもってしても、「残り2体からは慎重に」というのは、おそらくのところ真理なのだろう。
ローズは教えの通り、2体と正対する位置を維持し続ける。前後に回られた場合が一番厄介だからだ。そうしておいて、正対した位置から左右のどちらかに少し「ズレる」機会を探るのだ。
正対した状態から左右のどちらかに「ズレれば」、自ずと一対一の構図が生まれる――。
その瞬間に「急所突き」を仕掛け一撃で屠るのが狙いだ。
やがてその機会が訪れると、ローズは自身の体を正確にコントロールすることに集中する。
これまでの戦いから、【スケルトン】の打ち込みの速度や角度は見切っているため、体をコントロールさえできれば、もう、相手の剣を気にすることは無い。
(もう当たらないから――!!)
だっと、詰めて一瞬で1体目の【スケルトン】の懐に飛び込む。やあっと一突き、肋骨の間から剣先を滑り込ませ「核」を突く。からからからと乾いた音が響くのを見向きもせずに、さらに一歩二歩と1体目の残骸を踏み越えた先に「2体目の核」が目に入った。




