第650話 またそれぞれの道を征く
種を明かせば何という程のこともないものだった。
石造建築物の切り出した石と石を繋ぎ合わせるための「接着剤」的なものは、「地球」でも遥か昔から使用されていたともいう。
主な成分は石灰石らしい。
石灰石と硅石、泥や砂などを混ぜ合わせて乾燥させ、粉々に粉砕したものが「コンクリート」なのだとアステリッドが言った。
まあ実際には、それほど簡単に作れるものではないのだろうが、大まかに言うとそういうものらしい。
地球で言う「コンクリート」の代わりにこの世界で使われているもの、それが「アスメント」なのだという。
「まあ、ほとんど同じものと考えていいものですけどね。その「アスメント」も水を加えると化学反応を起こして硬化するんです。『プール』の成形や石造建築物にはこの「アスメント」が使われているんですよ?」
ということらしい。
なるほど、それであれば、「ダム」も作れるのではないだろうか?
「作れるわよ?」
と、エリザベス教授。
「実際のところ、今私が建造中の水力発電所にも「アスメント」を使っているんだから」
――ただね……。
と、エリザベス教授は続ける。
「そこまで大規模な設備を建造するにはいろいろと問題があるのよ。その一つが、「費用」なんだけど、まあ、これは言うまでもないわね。もう一つ大きいものが「電圧」――」
「電圧?」
と、キールが聞き返す。
「大量の電気を流すにはそれに耐えられる電線が必要なんです。ですが、通信施設や電灯などに使用できる電線はそれほど高負荷には耐えられません。もちろん、装置の各パーツも同様です。ですので、この電力の流れる量を調節する必要があるんです。分かり易く言えば、流れる時の圧力を下げる必要がある――。教授は今それを可能にするために変圧器を作ろうとしているということです」
クリストファーが説明してくれた。
まあ、要は、たくさん電気を作ってもそれを流す際に、そのまま流したら、電線が焼ききれたり、装置が火花を散らしてぶっ壊れるということなのだろう。
「もう、わかった――。これ以上は、頭が痛くなる――。ありがとう、みんな。僕なりには理解したつもりだ……」
キールは両手を上げて降参のポーズをとった。
「――それで、クリスはいつ発つの?」
と、ミリアが話の矛先を少し変化させる。
「ん? そうだね、今日にはもう出国するつもりだよ? 残念だけどそれ程ゆっくりしてもいられないんだ」
と、クリストファーは相変わらずの笑みを絶やさないまま言った。
「そう――、そうよね……フランソワさんも待ってるだろうから――。あ、そう言えばクリスはローベから船でニューデルまで来たって言ってたわよね? フランソワさんはどうしたの?」
「ああ、もうカインズベルクへ戻ってるはずだよ? 僕の船を見送ったら一度国へ戻って待ってるって言ってたから――」
「そうなのね――。じゃあ、私、カインズベルクまで送ってあげるわ? ジョドにお願いしたら半日ほどでいけるから――」
「それは助かる。ここから馬車で帰るとなると駅馬車だと数日かかっちゃうからね。ミリアが言いださなかったらキールさん、あ、いや、リーンアイムさんにお願いしようと思ってたんだよね」
と、クリストファーは教授机の方のリーンアイムに視線を向けた。
「――その場合はカインズベルクで何か美味しいものをご馳走しようと思ってたんだけど……」
「何? 美味いものだと!?」
クリストファーの言葉に即座に反応するリーンアイムが机から身を乗り出す。
「クリストファー、そこ、なんで言い直すんだよ? 『僕』でいいじゃないか」と、キール。
「あ、いや、別にキールさんが一緒じゃなくてもいいかなって。キールさんは何かと忙しいでしょうから」
と、クリストファーが返した。
「あ、そういう意味、ね」
「そうだぞ、キール。別に我はお前と四六時中一緒に居ないといけないわけではないのだからな? 一人でこの小僧を乗せて、一人で帰ってくるわ」
「まあでも、ミリアがそういうならそうしてもらおうかな。リーンアイムさんには悪いけど、キールさんもリーンアイムさんがいないと困ることもあるかもだし、ね?」
「う……、我は全然かまわぬぞ?」
「ははは、リーンアイム、残念だったな? 美味いものにありつけなくて」
こんな形で、この場は解散となった。
クリストファーはその後、ミリアと連れ立って王城と魔術院に表敬訪問をしたあと、カインズベルクへと飛び立っていった。
しかし、結果的にはこの判断が功を奏することになる。
キールはその日の会合のあと、「神ボウン」に招聘されたのだった。




