第636話 温泉といえば「あれ」なんです
キールたちは温泉に浸かり、食事を摂り、そこからとうとう「あれ」と二人が言ってたものへと突入する――。
「あれ」とは、「卓球」だった。
(うそ、でしょ――)
と、キールは一瞬戸惑った。
この間、ボウンさんと話した時、「スポーツ」がこの世界にはないよねという話をしたばかりだ。
なのに、目の前にあるのはまさしく「卓球台」ではないか――。
「キール? 何を固まっている。こいつが襲ってくるわけでもないだろう?」
と、ゲラードが「卓球台」を指してキールに問いかける。
「いや、あの――、これ――」
と、キールが口をパクパクさせる。
「これはな、『ポンピン』という遊びだ。このテーブルの上でこの小さな球を打ち合うのだ」
とゲラードは、まさしく「ラケット」と「ピン球」を取り出して言う。
(いやあ、「ポンピン」って! なんだその安直な設定は――!)
「その昔人間どもが遊んでいるのを見かけたことがあってな。我も昔からその遊びに興味をもっておったのだ――」
と、リーンアイム。
「人間ども、だって――? おい、リーンアイム、その人間どもというのは太古の人類の話か――?」
「ああ、そうだ。人間どもは他にもいろいろな遊びを考え出した。中には、数千数万というものたちが集まって観覧するものまであったのだが、この世界にはないのだなと思っていたところに、ゲラードがそれなら「あれ」はどうかと言い出したのだ」
二人の話によれば、そもそもの話の発端は忘れたが、リーンアイムがこの世界には熱狂するような「遊び」があまり無いのだなと言い出したのを受けて、ならば、俺が一つ「遊び」を教えてやろうとゲラードが返したらしく、「調べた結果」(=おそらく諜報部の手によってだろうが)、ここラボルタにあるということで、今に至るということのようだ。
「リーンアイムが言うような大きなものは無いが、俺も知ってるこの「ポンピン」がなんとなくリーンアイムから聞く話に似ていたものでな。調べておいたってわけだ――」
と、ゲラードが自慢げに胸を張る。
いや、あんたじゃなくて諜報部員たちが調べたんだろう――。
「それにしても、少し驚きました。まさかこんなものがあるなんて――」
「ほう、キールもこれを知っているのか?」
「あ、いえ――。話に聞いたことがある、ぐらいです――」
あぶないあぶない、おもわず、『前世の記憶』でと漏らしてしまいかけた。
キールは前世の記憶の話についてはまだ、このゲラード院長には打ち明けていなかったのだと思い出す。
「まあ、見るより慣れろ、だ。早速やるぞ!」
という訳で、急遽「ポンピン」が始まった。
初めのうちこそ、なかなかに「ラリー(打ち返し合い)」がうまくつながらなかったが、それにもすぐに慣れてくる。
なんだかんだといっても、二人とも運動能力は相当高い。
動体視力も、体幹も、身体制御も、どれをとっても一流のスポーツ選手並みといっていいだろう。
開始から1時間も経たないうちに、かなりの速度で「ラリー」ができるようになっていた。
キールもニデリック院長の体術指導を受けてきているだけに、身体能力はかなり向上している。それでも二人の運動能力にはついて行くのがやっとという感じだった。
「ほう――! 兄さんたち、結構やるね?」
と、そこに声を掛けてくるものがあった。
見れば、ポンピンラケットとボールを持った二人組がこちらを見ている――。
まさか、この展開は――。
「どうだい? おれたちと一勝負してみないか――?」
やっぱり――!
ゲラードさん? 受けたりしない、ですよね?
「おもしろい! 俺たちとやろうってのか?」
いや、喧嘩じゃないんだから――。もうちょっと穏便に、ですね。
「ようし、じゃあ勝負だ――。俺たちはこの街では結構名の知れた「ポンピンペア」なんだぜ? 兄さんたち、初めて見かけるが――」
「俺たちは旅のものだからな、「ポンピン」は今日が初めてだ。よろしく頼む――」
「初めてだと――!? それであの、「ラケット捌き」――。兄貴、こいつら――」
と、二人組のうちの一人が嗾けてきた方の男に耳打ちをする。
「ビビるんじゃねえ! 俺たちは、ランダー兄弟だ、おれたちのタッグプレイを見せつけてやるんだ!」
あの、聞こえてますけど――?
まさしくベタな展開というハプニングもあったが、結局のところ、ペア戦を何度かやるうちにかなり気心も知れ、最後にはローテーションして試合するというところまで至る結果に。
「ラードとリーン。今日は楽しかったぜ? またここに来ることがあれば、一緒に「ポンピン」しようじゃないか! キルもな?」
と、兄のテッドが言うと、弟のラッソも隣でサムアップする。
「ああ、ランダー兄弟、今日は久しぶりに熱くなったぞ。いい時間だった。またな」
と、ゲラードも返す。
などという、どこにでもあるような終幕を迎えた。
もちろん、「ラード」、「リーン」、「キル」というのは「偽名」である。さすがに、本名をかたるわけにはいかない――。




