第624話 ローズとハルに課された「試練」
ギルドの受付に申し出ると、ローズとハルはギルド支部長の執務室へ案内された。
「英雄王」さまが言った通り、話を通してくれていたらしい。
あの王様は、あんな風だが、言ったことはしっかりと実行してくれる人なんだと、ローズは初めの頃から感じていた。
そんな人が治める国だからこそ、ここでこれからの事を考えていきたいとそう思ったのだ。
それに、いつまでも王城に居候するわけにもいかない。
今、ローズがあてがわれている部屋は、「客間」なのだろうと察しが付いている。つまりは、本来なら国賓を招くために使う部屋であって、国民たちの利益になる誰かのために使う部屋なのだ。
「英雄王」さまのことだから、気にしなくていい、部屋は一つじゃないからな、などとおっしゃるのだろうが、ローズだって一人前の平民だ。しっかりと自分の足で立ちたいと思うのは、平民がもつ共通意識でもある。
今の待遇に甘えながらも、自分の生きたいように、自由にと考えた結果が、「冒険者ギルド」なのだ。
どこまで行けるかわからない。
だけど、私もおばあさんや、話した記憶もない父母が見ていたものを見てみたい。そうすれば、もっと3人のことを感じられるかもしれないとそう思ったのだ。
「きたか。支部長のブリックス・ロイだ。話は聞いている。そっちがイハルーラで、そっちがローズ、だな?」
年のころは「英雄王」と同じくらいか。でも、体型はかなりスマートで、しなやかな感じがする。
英雄王が豪快・快活と表現されるのなら、この人は鋭敏・穏健という感じか。
物腰は柔らかく、威圧感はそれほどでもない。が、鋭く光る眼光が研ぎ澄まされた刃物のように鋭く光っているように感じる。
「はい」
「うん」
二人がその問いに答える。
「それで? 冒険者になりたいんだってな? ローズの方は戦闘術に関しては全くの素人だから、一から指導してやってくれと、リヒャエル……あ、いや、「英雄王」から聞いているが、それでよかったか?」
「はい」
今おもわず支部長が王様のことをファーストネームで呼んだのを聞いたローズは、この二人の間にかなりの親交があることを感じた。
「ふむ。じゃあ、イハルーラの方はどうする? お前の方はかなりの使い手なんだろう? 『翡翠』の弟子らしいじゃないか?」
「そうだよ。だから、一緒に冒険者になるんだ」
「――まあ、そうなんだろうが、今すぐに一緒ってわけにはいかないだろうな――」
「どうして?」
「今の話聞いてたか? ローズは全くの素人なんだろう? それに、イハルーラ、お前だって「冒険者」に関しては見習いだ――しかも、魔法に関してはおそらくかなり強力な部類に入るだろう。そんな二人が一緒にパーティを組めばどうなると思う」
「そりゃあ、ボクがバンバン敵を倒して、ローズには敵を近づかせないさ」
そう答えたハルの解答に、ローズも違和感を感じる。そうなのだ。私とハルちゃんの間にはとてつもない実力差があるのだ。
そんな二人がパーティを組めば、もちろん「うまくはいかない」だろう。
それが、今のハルちゃんの解答にすべて含まれている――。
「――やっぱりな。だから、ダメなのさ。それだと、ローズはいつまで経っても実力が上がらない。なのに、クエストは達成できるから冒険者ランクは上がっていくことになる。そしていつか限界がやってくる――」
「限界?」
「イハルーラ、お前が一人で立ち向かえない敵と出会った時、どうする?」
「そりゃあ、その時はローズに――」
「ハルちゃん、それは無理なのよ――」
ローズはようやく言葉を挟むことができた。もし、そうなった時、ローズは自分が何も役に立てないことを理解している。なぜなら――。
「そんな時私は、ハルちゃんよりも先にやられてしまっているか、もし生きていても、何もできないと思う。だって、私はとても弱いままだから……」
ローズは、ハルにそう伝えた。
ハルもようやく、気が付いたようで、あっ、と短い嘆息を漏らす。
「――そういうことだ。どうしてそんなことが起きるのか。原因は二つある」
「ふたつ――?」
と、ハルが小首をかしげる。
「わかりました。一つは私の実力と経験、ですね。つまり、私が素人だからってことです。そしてもう一つも――」
そこまで言ったローズは、ハルに向き合って、視線の高さを合わせるために、やや屈んで見せる。
「もう一つは、ハルちゃんの方にあるの」
「ボクに?」
「うん。気を悪くしないで聞いてほしいの。もし、受け入れられなかったら、私たちはパーティを組むべきではない、わ」
「え? 一緒に行けないってこと?」
「うん。でも、私の話を受け止めてくれるなら、出来るかもしれない――」
いきなりの「試練」がやってきた。
『翡翠』さまも人が悪い。
ローズは、『翡翠』さまが、早速課した「試練」を最初に「二人で」クリアしなければならないんだと、気を引き締めた。




