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お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。  作者: 永礼 経


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第619話 ローズの前世「競技場の踊り子」


 クルシュ暦372年4月1日、夕刻――。


「では、始めます――」

 

 キールさんの声が静かに響いた。

 ローズは、昨日の会議室のソファに座らせられ、ただ目を閉じてじっとしている。


 やがて、閉じている目の上から明るく柔らかい光が降ってきたかと思うと、意識がここではないどこかへ飛んでいくような感覚に見舞われた。


「ローズさん、聞こえますか――」


 キールさんの声が頭の中に響いてくる。


「大丈夫です。あなたはちゃんと()()()()()()。周りを見渡してください。なにか書類か本のようなものが浮かんでいませんか?」


「はい、頭の上あたりに、何かが浮いています――」


「それがあなたの前世の記憶です。それは一つだけですか?」


「ええ。一つだけですね」


「では、それを手に取って開いてください」


「はい――」


 ローズは意識の中で手を伸ばし、その書類のようなものを掴んで、引き寄せると、綴じた書類を開いた――。




 西暦2020年2月――。

 ロゼッテ・サンジュリアーノは29歳になっていた。

 女子サッカークラブチームを優勝に導いたのはもう5年も前の話だ。


 しかし、その栄光の年の翌年から彼女の人生は大きく変わってしまった。

 左前十字靭帯断裂。試合中の怪我だった。

 

 緊急手術を行ったが予後はあまりよくなく、全盛期の瞬発力と持久力は失われ、パフォーマンスは上がらないままに4年が経過した。

 そしてとうとう今年、どこのチームからもオファーが届くことは無く、事実上の引退を迫られることになった。


 失意の中、故郷へと帰るべく列車に乗ったのだが、そこで運悪く事故に遭遇する。

 列車事故だった。


 乗客乗員併せて数十人の死傷者が出たが、その死者のリストの中に彼女の名前があった。



 ロゼッタは気が付くと真っ白な部屋にいた。

 目の前には白髭のお爺さん。


「選ぶんじゃ――」


 そのお爺さんは言った。


 渡された一枚のシートには「メニュー」という表示があった。

 どうやらその中から一つ選べということらしい。


 ロゼッタは残念ながら生涯を終えてしまったということのようだ。不思議と悲しみはない。サッカー以外に何もなかった自分にとって、あの先に何かがあるとは到底思えなかったのも事実だ。

 故郷に帰って、誰かと見合いでもして、結婚して子供を産む――。

 そんな人生を全く想像できなかった。


 全盛期に稼いだ報酬があったとしても、それもいつかは尽きてしまうだろう。

 こんなことなら、サッカー選手などにならなければよかったとさえ思えてくる。

 

 ロゼッタの売りは、その類まれなる俊敏性を生かしたドリブル突破だった。

 

 敵陣深く切り込みラストパスを送る――。場合によってはそのままカットインしてゴールの隅にコントロールショットを放つ――。それが彼女のプレースタイルであり、「競技場の踊り子バレリーノ・ネロ・スタディオ」の愛称まで付けられていた。


「料理のセンス、工芸技術、語学習得補正、数学者、人気者、競技者、農作業適性――」


 ロゼッタはその文字の羅列を見て、あまり意味がわからない。この中から何か一つ選ぶとすれば――。


「競技者――かな」


 と、ロゼッタは答えていた。


「ふむ。まあ、お前らしいと言えばそうじゃろう。お前はこれから新しい世界で新しい命として生まれ変わる。今選んだのはその新しい命に対するお前の望みでもあるのじゃろう――」


 そうして、ロゼッタ・サンジュリアーノは、ローズ・マーシャルとしてこの世界に生を受けた。



「――どうです? 何か思い出しましたか?」

キールさんがやさしく問いかけてくる。


 ローズはまだ頭が混乱しているようだが、さっきのが私の前世の記憶とかいうものなのだろうか。


「サッカー選手――、だったようです――。あ、でも、サッカーって言っても誰もわからないでしょうね。この世界にはない競技ですから……」


 と、ローズは告げた。もちろん、この世界に「サッカー」はない。それはローズが一番よく知っている。

 だから、誰もわからないとそう思ったのだ。


「サッカー選手!? え? ほんとですか!? すごい!」


 と、声を上げたのはアステリッドさんだ。


「え? サッカー、わかるんですか?」

「もちろんですよ! 私、こう見えて、海外クラブチームのリーグ戦とか大好きだったんですから! ローズさんはどこの国だったんですか?」


「あ、私は、どうやらイタリアという国の――」

「ええっ!? もしかして、セリエAですか!?」


「え? ええ、そこのマリーノ・インテルってチームでプレイしてたらしいです」

「マリーノ・インテル!? すごい強豪チームですよ! たしか、2015年にリーグ優勝してて――」


「はい、そのチームでMFやってました。たしか背番号は16だったかな――」

「!! マリーノ・インテルの16番!? 「競技場の踊り子バレリーノ・ネロ・スタディオ」――。うそ、でしょ!?」

「あ、それです」

「ロゼッタ・サンジュリアーノ――さん? なんですか?」

「あ、はいよく知ってますね――」


 がしぃ!


 と、音が響くほどの勢いで、アステリッドがローズの両手を自分の両手で包み込む。


「あとで、サイン下さい――!!」


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