第618話 会議の後半そして酒宴
エリザベスは水力発電所からメストリーデへ戻るとすぐ、自身の部屋に荷物を投げ捨て、王城の会議室へと向かった。
王城からの呼び出しがあったからだ。
ミリアとキールが戻ってきたという報を受け、現状把握と今後の行動について意見を求められることになるだろうと推察する。
おそらくは主として、古代バレリア文字の解明と、あの遺跡内の「パソコン」なる箱の実態把握に本腰を入れることになるのではないかと踏んでいる。
古代バレリア文明の解明について、ようやく、エリザベス自身も待ち侘びていた「前進の時」が来たのではないかと、胸を躍らせている。
――その前に、ローズさんの記憶開放が先だけど……。
キールの話によれば、「前世の記憶」の開放には、「記憶の芽」というものが必要らしい。
この「記憶の芽」の萌芽がない時点での記憶解放術式は効果を持たないか、あるいは、危険を伴うとのことだった。
――問題はローズさんの方の準備が整っているかどうかってことなのよね。
しかし、魔術師でも、過去の記憶を持つものでもないエリザベスに、その判断は出来ない。
結局は術者であるキールの判断に委ねる以外にないのだ。
******
「エリザベス・ヒューラン教授、参られました――」
衛兵の報告に一同が沸き立つ。
ローズ・マーシャルもすでに会議室へと呼ばれている。
「エリザベス・ヒューラン、参集に応じまかり越しました。おまたせ、みなさん。さて、はじめましょうか――」
まずは、キールの診断から始まる。
「記憶の芽」の萌芽が見られるか、ローズ自身の心の準備が出来ているかの二点がまずは見極められる。
「――問題ないね。僕の思った通りでした。ローズさんはあの貼り紙を見たことで記憶の芽が芽生えたと思う。ローズさん、最近夢で、見たことのない世界に自分が生きているような具体的な感覚を伴うようなものを見ていませんか?」
と、キールがローズに問う。
ローズの解答は、まさしくキールの思う通りのものだった。
あの貼り紙を見た日以来、時折、そのような具体的な夢を見るようになったという。本人は、自分がやや興奮気味であるからだろうとそう結論付けていたとそう言った。
「――それは、前世の記憶の片鱗なんだ。記憶解放術式を受ければ、それが何なんなのか、はっきりと「理解できるようになる」。そして僕たちはその君の記憶に望みをかけている――」
しかし、本人の意思に反して強制的に術式を施すほど非道なことはできない。
あくまでも、これは本人の意思に沿う形でしか施術することはできないというスタンスであることをこの場の全員が納得している。
「大丈夫です――。私はこの道を行くとすでに決めています。私も皆さんと一緒に自分の道を歩きたいんです」
その言葉はそのままローズの快諾と皆が捉えた。
「ありがとう、ローズ! 大丈夫! ローズはボクがしっかり守るからね!」
と、ハルがローズの手を取って喜んだ。
ハルが喜んでいるのは、最近できた友人が、まだ一緒にいてくれるということが確定したからだろう。
「ありがとうハルちゃん。わたしもハルちゃんがいてくれると心強いわ」
と、返す二人の間には、紛れもなくこの数日間の間に友情が芽生えていると皆には見えた。
「よし、じゃあ決まりだな。術式の施術はどうする?」
と、英雄王。
「そうですね。さすがに今日はきついですから、明日の夕刻というのはどうでしょう?」
と、キール。
「わかった。ではそうしよう」
と、英雄王が応じた。
その後、ノースレンド国家魔術院の現況報告をミリアが行い、今夜の会議はお開きとなった。
「――皆のもの、ご苦労であった。少し夜が更けてしまったが、このあと、食事の準備をしてある。ゆっくりと歓談して行ってくれ。せめてもの労いだ――」
という英雄王の言葉に、一同は食堂へと移った。
******
「ったく、あの爺さん、本当に80近いのか? あの様子だと、まだ当分は居なくなったりしないだろうな――」
キールは、食堂のテラスに出てそう悪態をつく。
少し飲み過ぎた体と頭を夜風にあてて冷まそうとおもったのだ。
ミリアもまた、キールを追ってテラスに出ると、キールの隣に並んだ。
「あの爺さん」が「英雄王」を指していることをミリアももちろん理解している。
「英雄王」はまさしくその名称通り、豪胆かつ快活を地で行く人物だ。
酒を飲む量も、食べる量も、話す量も、笑う声量も――。
すべてが「豪胆かつ快活」である。
その上で、全てを受け入れる懐の大きさも備えている。
「そうね。キールがあのぐらいの年になった時は、どうなっているのでしょうね?」
と、ミリアも頬を赤らめながら返す。
二人ともそれなりに酒が入っている。
英雄王パーティとしてダーケートの『竹藪』に旅した時も毎日がこうだった。
毎晩、酒を飲まされ、肩を叩かれ、歌い、笑った。
あれから数年経つというのに、「英雄王」の様子はまるで変わらないのだ。
「なんか、懐かしいな――でも……」
「そうね――。いつかはそのときが来る、わ」
キールの言葉にミリアも反応する。おそらく二人が考えていることは同じだ。
懐古に浸っていられる時間は間違いなく減っていく。
この王様がいる間に、自分たちは出来る限り多くのことを学び、経験し、成長しなければならないのだと、キールは改めて気を引き締めるのだった。




