第611話 魔法訓練
「ハルちゃん、大丈夫? って、聞くまでもないけど、相手の方は大丈夫だった?」
執務室に戻って来たハルにミリアが声を掛けた。
「うん、ちょっと遊んできただけだよ。相手の子も別に怪我なんてしてないよ?」
そういって無邪気に笑うハルを見て、本当にこの子は魔法戦が好きなんだなと思い知る。
「わたし――、初めて見ました。あれが魔法なんですね――」
と、ローズ。
その様子には「恐れ」よりも「好奇」を感じる。
目をぱあっと輝かせているローズを見る限り、魔術師に対する恐怖心は持たなかったようだと、ミリアは安心した。
「そう、怖くなかったのなら、良かったわ。――ところで、このあと、模擬戦をすることになったけど、いっしょにくる?」
「ええっ!? 模擬戦!? いいなぁ! ボクもやりたい!」
「ハルちゃんの出番は流れ次第ね。ここの魔術師たちがどれほどの実力かによっては出番はないかもしれないわよ?」
その後ミリアたち3人はルスランに案内されて、練場へと移る。
そこには、国家魔術院所属の魔術師たち、約30名ほどが集結していた。
「あれ? アルセリオはいないなぁ?」
と、その面々を見てハルちゃんが零す。
「アルセリオ? その子がハルちゃんと「遊んだ」って子?」
と、ミリアが問いかけると、そうだけど、もしかしたらあのおじさんに怒られてるのかな? と、首を傾げた。
なるほどたしかに、ミヒャエルさんの姿も見えない。
「――今日の特別練習会の講師は、メストリル王国国家魔術院副院長! ミリア・ハインツフェルト様である、皆の者、心して励むように! ミリア様、お願いいたします!」
そこで、ルスランさんがミリアを呼ぶ声がしたため、ミリアは魔術師たちの前に進む。
その後、ミリアは基礎魔術式の有効性と、練度を上げるための練習方法を教授し、最後に、基本術式のみを使った模擬戦を練習生たちとの間で行った。
錬成「2」魔術師ばかりで、「3」以上のものは不在の魔術院であるが、皆一様に魔法に関する意欲が高く、練習にも真剣に取り組んでいるため、互いに切磋琢磨し熟練度を上げるにはとてもいい環境だとミリアは感じた。
おそらく、この中から、そのうち錬成「2」の中でもトップクラスの魔術師が誕生するかもしれない。その素質を持つものは数名見受けられた。
「みんな、なかなかにいい素質を持っているわ。これなら王国兵との連携次第で、国家の安全もある程度守れるでしょう。どう? ハルちゃん」
「うん、まあ、いいんじゃない。でも、アルセリオがやっぱり抜けてるね――。ミリアにも見て欲しかったな。あの子、キール並みの素質を感じたよ?」
「ええっ!? キール並み、ですって!?」
「うん。ただ、なんていうか、掴みどころがなくってね。どういう風に成長するかはこれからの経験次第かな――」
「ルスランさんが言ってたけど、その子まだ15歳らしいわ。ハルちゃんの見立てが正しければキール並みどころか、キール以上ってことになるかもしれないじゃない……」
これは一目見ておきたいと思ったが、今はミヒャエルさんがどこかに連れて行ってるようで、姿が見えない。
結局、その「アルセリオ・グリーンハルシュ」なる少年に出会うことは出来なかった。
******
「ミリア様、本当にありがとうございます。基本術式のみであれほどの威力や効果がだせるとは、正直私も驚いています! わたくしも含め、皆のよい指針となるでしょう」
ルスランさんが、そうミリアの講習を労った。
「お世辞でも嬉しいです。基本術式は、古来の諸先輩方が研鑽を積み重ね、術式展開速度の向上と難易度の低下を成し遂げ、さらに訓練試行次第で精度も威力も向上するようにと進化してきました。現代魔術師界隈ではこの基本術式の練度こそが重要であると考えております」
と、ミリアの持論を返して応じる。
ルスランさんは、ミリアの意見を聞いて、基本術式の奥深さとその可能性を改めて認識してくれたようで、これからさらに基本術式の訓練に力を入れると言った。
その後、このノースレンド王国国家魔術院への訪問の全行程を終えたミリアたち一行は、メストリルへ戻るべく、ノースレンド王都を飛び立つのだった。




