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第6話 敗北の味は苦く悲しい

 ミリアは、キールの帰路そのあとをつけ、帰宅時に人目に付きにくい場所がないかと模索した。

 キールが帰る家は王都から外れた郊外の集落にあった。住まいは実家ではないようだ。どうもここに間借りをしているらしい。

 ミリアはそこから王都に戻りながら、辺りでよさげな場所を探した。

 すると、ちょうどよい具合の納屋を見つけた。道端に建っているその納屋の向こう側は陰になっており、道行く人からの視界を遮る。この納屋の裏なら、人目に付きにくいだろう。

 そう心に決めたミリアは次の日、計画を実行に移した。


 

 次の日、終業時間の後、ミリアは急いで教室をあとにすると、あの納屋の裏へ急いだ。そこでキールを待ち伏せするのだ。そして、やつが来たら急襲をかける。


(確かに魔力の素質は向こうの方が上だ。しかしこちらは幼き頃から国家魔術師たちの訓練を受けてきたのだ、技術でおくれを取ることはないはずだ。私は、国家魔術師の内定すらすでにもらっているのだ――)


 そう自身に言い聞かせ、納屋の裏でその時を待った。



 数分後、果たしてキールの姿が見えた。

 やつは何の警戒をすることもなくこちらへ歩みを進めている。

 

 数秒後――、キールは納屋のすぐそばまで近づくと、急に足を止め、体の向きを変えた。

 なんと彼は納屋の裏、こちらへとまっすぐ向かってくる。


 ミリアは何ともしようがなく、納屋の裏で息をひそめた。


 そして、納屋の裏が見えるか見えないところまで来て足を止めるとこう言った。


「ミリア・ハインツフェルト。何の真似だ? 昨日も僕の後を付けてきてたね? 何か用があるなら、姿を見せたらどうなんだ? それとも、僕を襲うつもりでいたのかい?」


(なぜバレた――?)

 

 ミリアは昨日も今も、気配を消す魔法を使っている。まさか自分が勘付かれるとは思ってもいなかった。


「気配を消しているつもりだろうが、僕には通じないよ? ましてや、こんな人目につかない場所で僕を待ち伏せるなんて、君はもっと賢い人だと思っていたが、僕の買い被りだったようだ――」


 ミリアは急にこの男が恐ろしくなった。足ががくがくと震え、冷や汗が噴き出す。


(何なんだこの男は――? こんなやつ、国家魔術師の中にもいない――)


「出てこないのかい? それなら仕方ない、どうやら言葉は通じないようだ――」


 キールがそう言った瞬間だった。ミリアの周囲は急激に暗転し、周りの景色が闇の中へ消えてゆく。

 そうして周りにあったものすべてが消え去り、この空間にはミリアとキールの二人だけになった。


(な、なに? なにが起きてる――!?)


「これでもう、誰も邪魔する者はいなくなった。ここなら存分に魔法を使えるよ?」


「な、何をしたのよ!」

ミリアは震える体に鞭を打ちながら、必死に声を絞り出す。


「これかい? いわゆる結界魔法というやつさ。空間を切り取って、別次元の世界を構築した、と言えばわかりやすい? ほんとは相手だけをここに放り込んで、空間ごと消し去る魔法なんだけど、自分も一緒に入ると、個有結界にもなるのさ。君だけをここに放り込んで消し去るってのは、ちょっと気が引けるのでね――」


「この空間はお前が生み出したというのか!?」


「そう言わなかったかい?」


「し、しかしいつ詠唱を完了させたんだ――? こんなに高度な魔法、詠唱もなしにできるはずない!」


「昨日、君がつけて来てるのに気付いてね。あらかじめ君が待ち伏せしそうなところに結界を張っておいたのさ。あとはトリガーを引けば発動するように細工しておいた。もちろん、君がやるように、魔法の痕跡を隠しておいたがね。君は僕の魔法の痕跡に全く気付かなかったようだね?」


「くぅ! 嵌めたな!」


「おいおい、嵌めようとしたのは君の方だろう? 僕は念のための準備をしておいただけだよ。そこに飛び込んできたのは君の方じゃないか」

 

 ミリアの体の震えは止まらない。全身が逆毛立ち、冷や汗も噴き出し、眩暈がする。ガンガンと鈍器で殴られるような音が頭の中に響く――。息が荒くなり、涙が溢れる――。


(ああ、私はなんて愚かなのか? こんなやつに勝てるはずがない――。私の人生はこんなところで終わってしまうのか――)


 すると、次の瞬間だった。


 すぅっと辺りに光が戻る。

 ミリアの周りに世界が戻ってくる――。


 ミリアは地面にへたり込み、顔を伏せ、力なく涙を流している。彼女の頭上から男の声がする。


「ミリア・ハインツフェルト。今日のことを誰にも言わないでくれるのなら、君に約束しようじゃないか。一度だけチャンスを上げるよ。もう僕に関わるのは、やめてくれないか」


「――――」


「返事もできないのかい? どうなんだ、返事いかんによっては、次の策を講じないといけなくなるのだけど――」


「――ったわよ……。もうあなたに手は出さない――」


「いい子だ。そうしてくれるととても助かる。僕もクラスメイトが一人消えるのは忍びないからね。じゃあそういうことで。帰り道気をつけて帰るんだよ、送ってはあげられないけど――ね」


 キールはそう言うと、ひらりと身を翻し、自分の下宿先へと帰っていった。


(なんなのよ? いったいどうすればあんなことができるというのよ? このままでは絶対引き下がらない、引き下がれない!)


 ミリアは地面に拳を打ち付けながら、枯れるまで涙を流し続けた。


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