第589話 キールの最大魔術式、展開!
奥に居座る、犬頭大男は赤い目をぎらつかせながら未だ玉座に腰かけたままだ。
余裕とみるか、それとも、こちらの体力や魔力を消耗させようとしているのか、その意図は分からないが、奥に居座っている以上、こちらはそこまで辿り着かなければならない。
初撃はキールたちが圧倒したが、とは言え、虫たちの何分の1かを消滅させたにすぎず、まだまだ時間はかかりそうだ。
「キールよ、我が竜体化すれば、造作もないが、どうする?」
リーンアイムが一応の確認を入れる。
「リーンアイム、竜体化はナシだ! お前は今の自分の剣術スキルを磨くことに専念してくれ――。ここでお前の竜体に頼れば、今後もずっと頼りっきりになってしまう。そうなったとき、お前がいなければ何もできないパーティになってしまうからな!」
キールはあくまでも、「このパーティ」での討伐を成し遂げる意思を示した。
「まあ、それが良いだろうな。なら、我は我の仕事をするのみだ。娘よ――、後方支援は頼んだぞ? この体も随分と馴染んできてはいるが、それでも竜体の100分の1も力が出せんからな――」
リーンアイムは、そう言うと、虫たちの間に分け入ってゆく。
分け入りながら、左右の虫たちを粉砕。充分「ポイント」を作ることに成功した。
リーンアイムが左手に「ポイント」を作り、迎撃量産体制に入る。虫たちはリーンアイムが単独でいることを狙ってわらわらと群がってゆくが、リーンアイムは造作もなくそれらを次々と屠ってゆく。
竜体の100分の1も出せないなどと言っていたが、なんの、体力的なことさえサポートしておけば、充分に放っておいても構わなさそうだ。
それよりも――。
やはり、レックスとランカスターの方がきつそうだ。
二人の連携攻撃は相変わらずの精度と威力を維持しているが、結局は人間の力の域を出るものではない。一瞬でも気を抜けば、虫に絡めとられ、動きを封じられてしまう危険がある。
そうなれば、数の暴力に蹂躙されてしまうのは目に見えているのだ。
二人はつかず離れず、丁寧に虫たちを処理してゆく。
こういうところはやはり冒険者経験の多さが実を結んでいる。多数を相手にする場合に気を付けるのは、取り囲まれないことだ。
二人はうまく位置取りを調整し、常に正面に敵を置いて処理してゆく。
(ここまでは、順調だと言っていい――。だけど、体力がいつまでもつか――)
リーンアイムの方はおそらく問題ない。アステリッドが適宜治癒魔法を打てば、まずは崩れないだろう。
キールは治癒系魔法はあまり得意ではない。これは、いわゆる「適正」というものかもしれないが、打てないわけではないのだが、効果はアステリッドのものと比べるべくもないほどだ。
つまりは、ある程度減らした時に、一気に虫たちを殲滅し、奥のボスを引きずり出す――。それまでに時間をあまり掛けてはいられないということだ。
(仕方がない――。少し無理をしてでも、時間が惜しい――)
キールは決断する。
ここまでにキールはいくつかの魔法を試している。
『火炎弾』、『石礫』、『氷槍』、『風刃』――。
この中で、一番効果の高かったものは『氷槍』だった。
一見すると、『火炎弾』の方がより効果的に見えるのだが、火が付いた虫たちはしばらくの間藻掻き回ることが多い。
しかし、『氷槍』によって串刺しにされた虫は、活動を停止し、やがて力尽きる。
死に到達するのは火の方が早いが、火のついた虫が駆け回りでもすれば、戦場が混乱し前線が保てない可能性は否めない。
(やっぱり、氷系魔法で一気に凍り付かせる――!)
「アステリッド! 二人の方の援護を頼む! リーンアイム! 悪いが少し堪えてくれ! 僕はでっかいやつをぶっ放す準備に入る――」
キールはそう言うと、アステリッドの後方まで下がった。
キールの声に、4人が反応し、目で合図を交わすと、前線維持に気を配るフォーメーションを取るように位置取りを変える。
キールは相棒の『真夜中の静寂』を構えて、魔力の充填を試みる。
この部屋全体に『氷結』を掛ける――。
『氷槍』をすべての個体に向けて放つのはさすがに「錬成」数が足りない。
特大の『水成』で、部屋を水浸しにし、一気に『氷結』を掛ける――。虫たちを突き刺すことは出来ないが、動きを完全に封じ、凍結ダメージが虫たちの体力を奪い去るという算段だ。
「我は大丈夫だが――」
「はん! こっちだって――!」
「ああ、まだしばらくは堪えて見せるさ!」
リーンアイム、ランカスター、レックスが順に強がりを張る。
「大丈夫です、キールさん!! みんなの生命維持は任せて、術式に集中してください!」
アステリッドも、前方に集中しつつ、声を張り上げた。
(もう少し――。よし! いける!)
『水成』――!!
キールは水流の発生地点が3人に被らないように注意しつつ、術式を解き放つ。
ごぉと音が立ち上がると、大量の水が、3人の前から一気にあふれ出て、虫たちを包み込んでゆく。
『氷結』――!!
続いて、その水に対して一気に温度を下げる術式を展開した。
フロア全体を冷気が覆いつくし、びしししっと水が氷に変わってゆく音が次に響くと、フロアの床全体が完全に冬の池の表面のように凍りつく。
虫たちは完全に凍り付き、身動きが取れないまま、次々と絶命してゆき、とうとう、一匹残らず、霧散してしまった――。




