第587話 洞窟の中の大扉
翌朝。クルシュ歴372年3月23日――。
一行はこの台地とお別れすることにする。
結局のところ、台地の上にはそれらしきなにかは無かったが、ここに来なければ、タルードと出会うことは無かったため、タルードか言った洞窟内の「隠し部屋」に気が付くには相当の探索が必要になっていたことだろう。
結果的にはこの台地の上に来て正解だったということだ。
洞窟内に再突入した一行は、来た時のようにクリスタルゴーレムを殲滅しつつ、ゆっくりと今度は下ってゆく。道はきた時とは逆に、左に緩やかに弯曲し、弧を描きながら螺旋状に下っていくことになる。
来た時同様、アステリッドが「懐中電灯」を装備し、道の先を照らし出している。
「あれは何なんだ? 新種の魔法か?」
と、タルードが驚いていたが、キールは、
「これがこれからの世界基準になる技術さ。「電力技術」と言ってね。タルードは「街灯」を見るよりも前にここに来たのかい?」
と、問いかける。
「がいとう? なんだそれ?」
と、タルードは聞きなれない言葉に首をかしげる。
キールは現在、王国の主要都市ではもう珍しくなくなった、『街灯』について説明してやる。タルードは目を丸くして、魔法なしでも街の通りが明るく照らし出されていることに驚いていた。
「ここだ――。この場所で氷魔法を使うと、仕掛けが作動する仕組みだと、そいつが言っていた――」
何の変哲もない壁だが、よおく見ると、一部だけが、窪んでいる。確かにこれでは知らなければ通り過ぎても仕方がない。
「氷魔法なら何でもいいらしいんだが、あいにく俺は氷魔法を使えないんだ」
と、タルードがやや自嘲気味に言う。
仕方がないので、キールがその窪みに右手を少し入れて、『氷塊』の魔法を発動した。
すると、その窪みがガコンと音を立てて、次いで、ゴゴゴとスライドし、その先に通路が広がっているのが見える。
「さすがだな。さあいこう、この先だ」
タルードはその通路の入り口をさっとくぐると、奥の通路へと入ってゆく、一同もそれに続いた。
中に入ると、通路はとても広く、すでに通路というよりは、一つの大きな部屋と言ってもいいほどの広さがあった。そして、その正面に、タルードの話にあった「扉」が待ち構えていた。
たしかに大きい。
高さ10メートル、幅5メートルの大きな奇妙な模様入りの扉があり、その前には台座が一つ佇んでいる。
部屋の中に入ったとたんに、左右の壁にかかっていた篝火たちに一気に火が入り、部屋を明るく照らし出す。その明るさとアステリッドの肩から発せられる光とが混ざり合い、部屋内は充分に明るい。
「あの台座の上に何かメモがあって、それを手に取ったそいつが、扉には目もくれずにここで引き返したのさ――」
キールは、その台座まで歩み寄ると、すでに台座の上にはなにもなかった。
恐らくはこの上にあったメモはそのエルルート族の男が持ち去り、そのメモに従って、台地の上面のあの洞穴へ辿り着き、そこで、必要なものを手に入れたのだろう。
それが何だったのかは、いまは何もわからない。タルードの話によれば、何か装飾品のようだったということだった。
「キールよ。この先は、気を引き締めたほうがよいぞ?」
ここまで黙して語らなかったリーンアイムが、重い口を開いた。
リーンアイムが言っている意味を、キールもすでに理解している。
アステリッドもやや不安そうな表情で、キールの方をじっと見て、キールの返答を待っているようだった。
「ああ、扉の向こうからとてつもなく大きな気配がする――。恐らくここで間違いないだろう」
キールは既に確信している。
「しかし、この扉、鍵はかかっていないのだろうか? もし、さわったら最後、勝手に開いていきなり戦闘突入ってこともあるかもだから、一旦、この部屋で、休みを取ることにしよう。回復が整い次第、扉を調べることにする――」
と、キールは決断した。
一同はならばと、あたりに荷物を下ろし、最低限の迎撃用の装備だけをつけて、一息をつくことにした。




