第584話 キールたちに忍び寄る影
探索を開始してから3時間ほどが過ぎている。
これまでのところ、特に何も変わったことは起きていない。
日が随分と高くなっていることが、森の木々の間から見て取れた。
キールは、前を行く二人と、すぐ前を進むリーンアイムに続いた3列目にアステリッドと並んで歩いていた。
すると、その瞬間、背後から何かおかしな感覚に襲われる。
「――! なんだ?」
キールは思わず立ち止まり、後ろを振り返った。
(動物? それとも魔物――?)
キールはその不思議な気配に注意を向ける――。
(これは――まさか!)
キールは念のために腰の短杖に手を掛ける。
「キールさん、どうしたんですか?」
「アステリッド、皆に声を掛けて――。誰かいる――」
「え? 何かじゃなくて、誰か、ですか――?」
「ああ」
「み、皆さん、少し待機です! キールさんが何かの気配を捉えたようです――」
アステリッドの声に3人が歩みを止め、やや戻り、5人は一塊に近い状態になった。
「キール、人か?」
と、問うたのはリーンアイムだ。
「いや、わからない。だけどこの感じ、魔法痕跡消去術式だ――」
キールはもはや断言できる程にその感覚を感じていた。
「なるほど。なら、種族は別として人間には違いないだろうな――。どのあたりだ?」
と、リーンアイムが小声でキールに問いかけた。
「僕の正面、50メートルほど先だ……。姿はまだ補足できていない。おそらく、木の影を利用して姿を隠している――」
と、答えるキール。
「ならば、皆、耳を閉じておけ――、いいか?」
リーンアイムはにわかにそう言うと、一同を見回す。4人は言われるままに耳を両手で塞いだ。
ウォオオオオォン――!!
リーンアイムはすぐさま咆哮をあげた。
空気がその音でビリビリと揺れ、その衝撃波が木々の枝葉を揺らし、枯れた葉がふわりと舞い落ちてくる。
4人は、ぐぅと、息をつめ、その超音波の衝撃を耐えた。
が、そいつはまともにその衝撃波を喰らったようで、その場に卒倒してしまった。
「キール! あそこだ!」
というリーンアイムの声。
「ああ! わかってる――! レックス、ランカスター来てくれ!」
とすぐさまキールも応じ駆け出す。
レックスとランカスターもキールの後を追うように駆けだした――。
ざざっと、傍に駆け寄ると、頭を抱えた格好でうずくまる人を発見する。キール、レックス、ランカスターがそれぞれの得物を構えて取り囲んだ。
「だれだ? どうやってここに来た!?」
キールが声を掛ける。
だが、未だにそいつはうずくまったままだ。
「もう一度聞く! 誰だ? どうしてここにいる!?」
見てくれは人族だ。エルルート族の特徴であるやや尖った耳はない。
「おい! 聞いてるのか? 顔を上げろ!」
「た、助けてくれ――!! 俺は、お前たちの敵じゃない!」
「なんだって――?」
言葉は通じている、つまり、人間であることは間違いないようだ。
「敵じゃないとはどういう意味だ――? じゃあなぜ追いかけてきた! しかも、魔法痕跡消去を使っただろう!?」
キールが激しく問い詰める。
「お、俺はただ、あんたたちがどうしてここにいるのかを確かめて、助けを求めようと思っただけだ――」
「こちらの質問に答えていないぞ? お前は誰なんだ? どうやってここに来た?」
この島に辿り着くには船で来るしかない。つまりこの男もここまで船に乗ってやってきたというのか? だが、それにしてもここまで上がってくるまでにあの洞穴をどうやって抜けてきたのだ? さすがにあの【クリスタル・ゴーレム】をやり過ごしてくるということは考えられない――。
「俺の名前は、タルード、タルード・ボルドだ! どうしてここにいるのかって? 連れてこられたからに決まってるじゃないか――。それで、置いてけぼりにされたんだ――」
「連れてこられた? 誰にだ?」
「名前は知らない――。エルルート族だって言ってた。奴が俺たちを導いてここまでやってきたんだ、それで、必要なものを見つけたから帰ると言って――俺たちを置いて消えたんだ――」
「消えた?」
「ああ、消えたんだ。すぅっと煙のように――。俺たちは洞穴を抜けて船に戻ろうとした、が、洞穴には……あいつらがいて――おれたち、俺の仲間は全員殺されてしまった。俺は一人だけ生き残って、洞穴からここへ引き返してきたんだ――それからずっとここに住んでいる。たった一人で――。なあ、頼む。俺を海の向こうに連れて帰ってくれ――たのむ……」
「タルード、と言ったな? お前の故郷はどこなんだ?」
「ノースレンド王国の田舎村さ。何もないところだが、ここよりはましだ――。ここには誰もいない……魔物しかいないんだ――」
どうやら人間で間違いなさそうだ。ここにエルルート族に連れてこられたと言っているが、どこまで信じていいかは今のところはわからない。
が、いずれにしても助けを求めてきているものを無碍に扱うわけにもいかない。
5人は結局、タルードを保護する方向で合意した。




