第580話 キール、結界を調べる
キールたちは洞穴の出口から外へ出る。
そこは巨大な湖のほとりだ。後ろを振り返ると、今出て来た洞穴の出口が、岩壁に口を開けている。その岩壁はぐるりと半月状に湖を取り囲んでいた。
(なるほど、リーンアイムと一緒に上から見た時にはこの出口が見えなかったわけだ――)
と、キールはその出口の形状を見て合点した。出口の上部がやや突き出していて、上から見た時は穴が開いているのが隠れていたのだろう。
朝見た上空からの景色を思い起こしながら、現在位置を推し量る。
湖を取り囲む半月状の岩壁、右前方にうっすらと見える川のようなもの――。
どうやら、この場所は、島の中央台地の南端あたりだろうと、あたりを付ける。
中央の湖は静かに波打っており、岸辺には波が打ち寄せていた。
「うわぁ! 大きな湖ですね――。あ、あの先が滝になってるんですね!」
と、アステリッドが湖を見て、ついで、右手の川の方を指さして言った。
「朝水浴びした水がすっごい綺麗で、びっくりでしたけど、この湖からの水なんですよね?」
「だろうね――」
と、返しつつ周囲を見渡すキールだが、やはり魔物らしき影は見当たらない。
右手には川があり、そこまでは見通しもよく何もないのが明らかなため、何かあるとすれば、左手――岩壁が連なる方面、つまり西側ということになる。
天を見上げておおよその時間を推し量る。日はすでにかなり西へと傾いているのがわかった。つまり、正午はとうに回っているということだ。
これから、探索していると、岩壁の裾に繁茂している森の中で夜を迎えてしまうかもしれない。
西側を岸壁で遮られているため、日が落ちるまではそれほど時間はないだろう。
ならば――。
「みんな、今日はここまでだ。野営が出来そうな場所を探そう――」
「なら、あのあたりなんかどうだ?」
と、すかさずレックスが返してくる。彼が指さす先には、一本の巨木がぽつんと立っている。水辺からもそれほど離れていないため、水分補給も楽そうでいい。周囲の見通しもよく、もし近づくものがあっても発見が早いだろう。
時期的には冬真っ只中というところだが、この島の気温はそれほど低くなく、凍えるほどのものではない。
「じゃあ、そうしよう」
というキールの決断で、一行は洞穴の前から移動を開始した。
その巨木までの距離はおおよそ100メートルほどだろう。
一行は巨木に到着すると、野営の準備に取り掛かる。
テントは持ってきていないため、直寝になるが、焚火を焚いて暖を確保しつつ、懐中電灯を3つ、ランカスターとキール、それにアステリッドが携帯し、外側へ3方向へ向ける位置取りで就寝場所を確保する。これで真夜中でも敵の発見が遅れることは無い。
食事は、昨日採った魚貝類の干し物とこれから採る魚を焼けばいいだろう。これほど綺麗な湖なら、『マス』系の魚がいてもおかしくない。
レックス、ランカスター、アステリッドの3人に野営の準備を任せて、キールはリーンアイムの背に跨り、少しでも島の状況把握をしようと試みる。
竜化したリーンアイムはキールを乗せて上空へと舞い上がる。
まずは結界の高さを把握しておきたい。
結界が「何によって」張られているかわからないが、魔素に関するものなら、魔法感知に反応するはずだ。
取り敢えずキールは「魔法感知」を最大感度で拡げる。
すると、上空に薄い膜がドーム状に張られていることを感知した。やはり、結界は存在しているようだ。
リーンアイムに合図して、結界の膜に触れないように接近すると、結界と接した場合の反応を確かめるために、小さい「石礫」を発動し、上空に向けて放った。
その石の礫は、空を覆う膜にぶつかって、ただ弾かれ落ちてゆく。触れても特にダメージはないようだ。
リーンアイムにさらに上昇するように指示をして、キールは結界の膜に触ってみる。確かにそこには膜があり、それ以上先には進めない。弾力のある膜は押すとぽわんと波打ってキールの手を押し返してくる。
(『風船』みたいだな――)
と、この世界にはないゴム風船を思い浮かべる。
「――オッケー、結界の確認は終わった。リーンアイム、少し飛んで周ろうか――」
リーンアイムはキールの問いかけに言葉では応じず、すぅと高度を下げて湖の岸辺の上空を飛ぶ。
まずは、東へ。川のほとりまで来ると、その川が大地の縁から零れ落ちるように流れていることを確認する。結界があるのにこの水は下へ落ちていることになんとなく違和感を感じるが、もしかしたら、自然物は通れるのかもしれない。
こういう設定は案外ご都合主義的なものだと、割り切るしかないのか。
この水だけが通過できる何らかの理由があるのだろう。
やはり東の方には特に目を引くものはない。何かあるとすれば、やはり、西の岩壁か、その裾に広がる森の中か――。
リーンアイムはそのまま川の上を通過し、対岸の上空へと至ると、今度は北向きに進み始めた。




