第578話 初見殺し
「こんな魔物、初めて見る――」
キールは立ち尽くした。
全身がまるで鉱石の塊――。いや、水晶か。半透明のやや青みがかった水晶が寄り集まって人型を為している。
しかも、大きい。
背丈は3メートルほどはあるか。足の太さだけで人一人分、腕の太さは丸太ほどだ。
「キール! 下がれ――!」
ランカスターが叫んだ。
「あ――」
と、キールは声を漏らしたが、体の反応が一瞬遅れる。
どがぁ――!!
「ぐうあ――!?」
キールはその打撃を受け、あまりのパワーに10メートルほど吹き飛ばされた。
かろうじて、体術『剛身』を発動させ、鉱石魔物の拳を両腕をクロスさせて受けるキールだったが、さすがに全身が軋む。
「キールさん――!!」
アステリッドの声がすぐ後ろの方から聞こえた。
「だ、大丈夫――!! ダメージは、大してない――」
と、キールはすかさず返す。
ニデリック院長から体術訓練を受けてなければ、と思うと背筋に冷たい汗が流れたが、なんとか、『剛身』が間に合ったおかげで、致命傷には至らなかった。
(くぅ! いってぇ――。でも、打撲はあるけど骨は折れてない――)
そう自分の体を診断し、膝立ちからようやく腰を上げるキール。
ランカスターとレックスは鉱石モンスターの拳や蹴りを受つ流しつ、防戦に専念している。
「ごめん!! 少し面食らったぁ! 大丈夫、ダメージはそんなにない! レックス、しっかり受けて行こう!」
前方の二人に声を掛けると、二人の場所まで駆け戻る。
そうこうしているうちにアステリッドとリーンアイムが距離を詰めてきて、ようやく『懐中電灯』の光の範囲にそいつを捉えた。
「何? こいつ――、水晶?」
「ゴーレム、か――」
アステリッドとリーンアイムがそいつを見て言葉を零す。
【ゴーレム】――。物質が何らかの影響で集合体を形成し、まるで意思を持つかのように動き回るという魔物――。
アステリッドの前世、藤崎あすかの記憶にそれはそうある。あすかの記憶を辿ったところ、その類の魔物にはほぼ必ずと言っていいほど、それを象るために核となるものが存在している――。
「キールさん! 『核』がないか探してみてください!」
アステリッドが叫んだ。
「わかった――!」
と、返してくるキールさんの声。キールさんも、前世の記憶を持っている人だ、おそらく私の言っていることに気が付いたはず――。
アステリッドは光源をしっかりと固定しつつ、前方の様子を把握する。今は、リーンアイムさんが後方を警戒してくれているから、前に集中できる。
レックスさんは盾で防戦一方、ランカスターさんは攻撃の回避に専念しているが、二人とも今のところ目立ったダメージは無いように見える。
この状況は、あの【一つ目】と戦った時とほぼ同じ状況だ。この状態が続く限りは、やられることは無い――。
しかし、一方で、その時とは全く違う状況でもある。
【一つ目】は大きいとは言っても「生身」だった。ほぼむき出しの装備だったがゆえに、ランカスターさんの剣の攻撃が通り、両足の腱を切断することができた。
が、この【ゴーレム】は全身が鉱石の塊で、剣の斬撃は容易に通らないだろう。つまり、攻撃が効かないということになる。
(やっぱり、弱点――『核』を探さないと――)
そう考えアステリッドは戦況把握に努めた。
キールさんが前の二人のところに到達し、タゲをとらないように【ゴーレム】の動きを躱しつつ「核」を探している。
もし、「核」が見つからなければ、一時撤退も視野に入れる必要があるだろう。
ひょいひょいと素早く移動を繰り返しながら【ゴーレム】の周囲を回り続けるキールさん。最初の一撃以降は、しっかりと【ゴーレム】の動きを把握していてこちらも大丈夫そうだ。
しかし、防戦の時間が延びれば延びるほど、こちらが不利になってゆくことに変わりはない。
いくら二人がタゲを取っているといっても、いつまでも動き回れるわけではないのだから。
「ぐぅ!? こいつ、結構キツイぜ?」
「硬すぎて、刃が通らねぇ! どうすれば――?」
そんな声がアステリッドの耳に入る。レックスさんとランカスターさんだ。
やはり、受け続けることは出来ても攻撃の糸口が見えないことには、体力もさることながら、徐々に士気が下がってゆくのは否めない。
「レックスさん! ランカスターさん! もう少し踏ん張ってください!」
アステリッドも、状況を打開する方法を探し考えを巡らせるが、やはり、現状のところ手立ては見当たらない。
(キールさん……! はやく――)
と、祈るような気持ちで、光源だけは確保し、皆が動きやすいように努める。
「見つけたぁ――!! 背中側! 肩口に、小さい赤い鉱石がある――。たぶんあれは――」
「赤嶺石だ!! キール、それだ! それがアステリッドの言う「核」だ! 破壊しないまでも、一撃食らわせて見ろ!」
キールの声に反応したのは後方警戒のリーンアイムだ。彼の知識の中にもそれが在ったのかもしれない。
「わかったぁ! なんとか、やってみる――!」




