第573話 キール、ユニセノウ大瀑布を前にして決意する※
クルシュ歴372年3月21日早朝――。
昨日この島に上陸したキール・パーティの面々と、レオローラ号の上陸班は、この島で一夜目を過ごし、その夜が明け始めている。
東の水平線から朝日が昇り、海上に浮かんでいるレオローラ号を美しく照らし出している。
海岸から見たレオローラ号は、ちょうど朝日を浴びて、こちら側を陰にしているため、そのシルエットだけが黒く見えるに過ぎない。
トップスル・スクーナーという形状のこの縦帆船のシルエットは、本来なら三角形の縦帆が張られているのだが、今は停泊中なので、3本のマストが並んでいるだけである。
「キールさん、早いですね――」
と、背後から声がした。アステリッドだ。
「ああ、なんだか、少し、興奮気味みたいだ――」
「ああ、あれですね? 遠足の前の日なかなか寝付けないってやつ――」
「はは、全くだね。遠足かぁ――。遠足にしてはあまりにも遠いところまで来てるけどね?」
「ですね。私、どちらかというと、遠足は苦手だったんですよ。バスがどうも――」
「そうなんだ? 乗り物酔いってやつ?」
「ですです。あの、閉鎖された空間に何時間も座ってるって、あれがきつくて――」
「わかるわかる――」
「でも、船はもう大丈夫ですよ? 初めての時は揺れがきつくて慣れなかったですけど、もうそれも慣れました。それに、船って、解放感が半端ないから、大丈夫なのかもしれないです」
などという会話は、互いに『地球』の同時代を生きていた二人だからこそ成り立つ会話だ。
こういう話をしていると、アステリッドとの距離がとても近く感じられるのは否めない。
が、逆に、「世代差」も感じられて、少し大人ぶってしまう感もある。
キールの前世の原田桐雄はサラリーマンだったようで、年齢は35だった。それに対して、アステリッドの前世、藤崎あすかは17歳の高校生だと言っていた。
(倍以上の差がある――)
普段は二つ下の妹的存在だが、この前世のことを思い起こすと、さすがにその年齢差を意識してしまいがちだ。
そんなことを思わず思い起こしたキールは、アステリッドとの距離が近いことに気付き、一歩離れるように移動する。
「――なんです、それ? もしかして、私、臭いますか?」
とアステリッドが、自分の二の腕あたりの袖をくんくんと嗅ぐ仕草をする。
「え? 違う違う! そんな、臭いがわかるほど近くないでしょ!?」
「そうですかぁ? ちょっと、嗅いでみてもらえません? 本当に臭くないですか?」
「ええっ!? いや、さすがにそれは――」
「あー、やっぱり臭うんだーー! あ、誰も起きないうちに、水浴びでもしてこようかな? たしか、その先に水場がありましたよね?」
そう言うとアステリッドは、ちょっと行ってきます――と言って、そそくさと去っていった。
「あ、アステリッド! ――って、聞いちゃいない、か。まあ、船旅の間、お風呂を沸かせたのは一回だけだったし、確かに水浴びも必要かもしれないから、まあいいか――」
皆が起きてきたら、アステリッドが戻るまでのしばらくの間、その水場には近づかないように釘をさすしかないだろう。
キールはそう思いながら視線を上にあげる。海岸線と反対側にはユニセノウ大瀑布が落ちている。
これが朝日に照らされて、きらきらと輝いているさまも、海上のレオローラ号の情景とは違ってまた、趣がある。
だが、このユニセノウ大瀑布の中、もしくは、上には『試練』が待ち受けているのだ――。
この試練の内容はカミサマも語ってくれなかった。
要は、余計な先入観を持たない方がいいという配慮だという。
状況を自分で見て判断し、選択する――。
これまで培った知識と経験、仲間たちの力も合わせて、乗り越えるのだと、ボウンさんは言っていた。
キールにある情報は、『試練』が魔物案件だということのみだ。
つまり、ユニセノウ大瀑布の中、あるいは上に、何らかの魔物が現れることだけは間違いないということだけ分かっている。
(とにかく、気を引き締めてかかろう。魔物が相手だということになれば、怪我や、最悪の事態だけは避けなければ――)
もし仮に、自分の力が及ばず、この『試練』を突破できなかったとして、引き返さざるを得ないとしても、仲間が危険に晒されるよりはましだ。
そんな危険を冒してまで、神候補試練を乗り越えなくてはならないとは思わない。
その時は、
「やっぱダメでしたぁ――」
と、笑って神候補を降りるだけだ。
そもそもキールには、それほどまでに、神候補に執着する理由はないのだから――。
(まあ、候補を降りるときに多少のペナルティがあったとしても、命までは取られないってのは、前神候補のオズワルド神父が証明してくれてるからね)
そうだ。
だから、無理はしない。何があっても、仲間だけは守るのだと、改めてその決意を確認するキールだった。




