第571話 神候補の仕様に感じるもの
「ぬう――」
と、一言唸ったリーンアイムは、ついに覚悟を決める。帰りの食事の内容が掛かっているのだ。やらないとは言えない。
「わかった。それで、我に何を見ろというんだ?」
「ああ、実は――」
と、キールが話し始める。
このユニセノウ大瀑布の存在する島の周辺は、広大なサンゴ礁がかなり入り組んだ地形をしていて、ところどころ、随分と浅い場所がある。
『レオローラ号』は、一応最新鋭艦に分類される造りで、かなり頑丈にできているが、それでも木造には違いない。
もし、サンゴ礁でも結構硬いところにぶつければ、船底に穴が開くことも考えられるのだ。
そうなれば、修理に相当の時間を要するか、悪ければ沈没もしくは座礁だ。
キールは最後の切り札として『転移魔法』を使用する覚悟はしているが、この術式の魔力消費量がとてつもないことを考えれば、使わないに越したことは無い。
リーンアイムに飛んでもらうという手もあるが、ユニセノウ大瀑布に存在するであろう『試練』に立ち向かうためにも、リーンアイムの力の消耗もできる限り避けたい。
また、何かが起きた時、船が沖合にあった場合、即座に脱出するということも難しくなる。
いずれにせよ、船は島のどこかに停泊させなければならないというわけだ。
「ある程度まで近づけば、ボウトで上陸する。もちろん、岸壁などに着けられればそれに越したことは無いけど、そんな場所がすぐに見つかる保証はないからね」
「――それで、我に空から見て、その航路を示せと、そういうことか。やるべきことはわかった」
「じゃあ、頼むよ。リーンアイム。頼りにしてるよ?」
「ふん、それならばそうと最初から言えばよいものを。やることはわかったといったろう? それならばわざわざ海に浸かる必要もないわ」
「え? そうなの?」
「見てるがよい」
そう言うとリーンアイムは、一瞬身を屈めたあと、ぐわあと両腕を広げた。
すると、リーンアイムの背に、小型の竜の翼が現れる。
「え? 翼が生えた?」
キールは初めて目の当たりにするリーンアイムのその姿を見て、今度は自分が驚く羽目に。
「自分一人が飛ぶのに、わざわざ巨大な竜の姿をとるまでもないわ。これで充分だ。取り敢えず、ざあっと見てくる。その後、報告すればよいだろう? どういう見え方をするかも見ておきたいからな。では、行って参る――」
そう言うなりリーンアイムは甲板を蹴り、上空高く飛び去って行った。
(なんだよ、そんなことができるなら初めからそう言えよな――)
と、キールは少しやり返された感がぬぐえない。しかし、これはこれで収穫だ。
リーンアイムのあの「変身能力」だが、恐らくは、竜の体を部分的に、人間の格好に付随させることができるのだろう。ならば、竜の頭を具現化し、ブレスを発射することや、腕だけを具現化し、爪で攻撃すること、体表だけを具現化し、強靭な鱗を纏うことなども可能かもしれない。
どこまでできるのかは本人に聞かなければわからないが、いずれにしても、「新しい能力」が増えるということは、選択肢が増えるということに他ならないわけだ。
キールはそう思い、自身も、ユニセノウ大瀑布を拝みに行こうと舳先の方へと歩を進めた。
ユニセノウ大瀑布。
やはりこの景色は圧巻の一言だ。
島の中央あたりに巨大な台形型の岩山がそそり立ち、その岩山の上辺の端から、まるで、バケツ満杯に注いだ水が溢れ出るように、島の表面に向けて一直線に水が落ちている。
あの岩山の上に何があるのかは、まだ見ていない。島に上陸したら、まずはその島の全体像を把握する必要があるだろう。もちろん、リーンアイムに跨って、だ。
神さまの話によれば、その滝の「水の壁」の裏側に、内部への入り口があるという。目的の場所はその先だ。
そこから登ってゆき、瀑布の上部へと辿り着くと、目標物に辿り着けるらしい。
ならば、上空から飛んで行けばと、もちろん考えた。が、それは不可能だと言われてしまう。
「上空からのアプローチは無理じゃ。結界が張られておるからな」
ボウンさんはそう言った。
瀑布上部の面、つまり台形の上底の部分には結界が張られていて、見えない障壁によっておおわれているという。
謝って衝突しようものなら、人間なら、即焼け落ちてしまうということらしい。
なんて「仕様」だ――。
と、キールは舌打ちをしたが、ボウンさんが言うのなら、信じておくに越したことは無い。
「結局、滝裏の洞窟を抜けるしかないんじゃ。それも試練じゃからの?」
とはボウンさんの言葉だ。
誰が作ったかすらわからないこの「神候補の仕様」について、圧倒的な神の力を感じることはある。どうやらそれを作ったものはいわゆる「カミサマ」の【上位種】とでもいうべき存在なのだろうか。
(いつか出会ったら、どうしてこんなことをさせるのか、しっかり説明してもらうからな――)
キールは滝からさらに視線を上げ続け、自分の真上の空を睨みつけた。




