第566話 ローズは理解した
ローズがそうやって室内を見回していると、エルさんが帰ってきた。ほんとに早い。
まだ、数分も経ってないと思う。
「お待たせしましたぁ~。ローズさん、ちょっといいですか?」
「はい? もう分かったんですか?」
「いえ、そうではないのですが、この短剣についてお伝えしたいことが出来まして、奥の支部長室までいらしてほしいんです」
「え? 支部長室? 何か問題でもありましたか?」
「う~ん、問題と言えばそうなんですが、この短剣の鑑定結果が出まして、ちょっとここではそのう――、とにかく支部長室でお話ししますので……」
「は、はあ。わかりました」
ローズは唐突なことに不安が沸き上がってくる。もしかしてあの短剣を見せたのがまずかったのか? 嫌な気分がどんどん膨れ上がっていく。
しかし今さら何ともしようがない。あの短剣をおばあさんから手渡されたのは事実だし、私はそのおばあさんのことを知りたくてここに来たのだ。
思えばおばあさんがあの短剣を私に託したところから、冒険者ギルドに私が足を運ぶことは運命付けられていたようにも思う。いや、違う。これはおばあさんの遺志なのだろう。
聡明なおばあさんのことだ。自分のことあまり話さず、ただ冒険者だったとだけ伝えておき、最後にこの短剣を託す。その結果、私がおばあさんのことを知りたくなれば、自ずとギルドへ向かうだろうし、そうでなければそれはそれでいいと考えていたのかもしれない。
そうして私は、おばあさんのことを知りたいとそう思った結果、ここにいるのだ。
ならば、私があの短剣をここに持ってくることは、おばあさんは想定していたはず――。
(だったら怖がることは無いはず――。おばあさんは私に何かを見せようとしているのかもしれない)
ローズはエルさんの後に続きながらそう考えをまとめ、落ち着きを取り戻そうとふぅと大きく息を吐いた。
――――――
「この短剣は本当におばあさんの形見なのかい?」
強面で屈強な身体のおじさんがローズにそう問いかけた。
たしかに一見して「只者」ではない雰囲気を漂わせているこの人がここの支部長なのだろう。
「はい、昨日譲り受け、今朝――」
「ああ、話はエルから聞いた。おばあさんの件はご愁傷様だったな。葬儀はもう出来たのかい?」
「ええ、集落のひとたちが良くしてくれまして、おかげさまで」
「そうか、それはよかった。こんな仕事をしていると、葬儀すら出してやれない者をたくさん見てきているのでね――。あ、ああ、早速だが本題だ」
「支部長」はそう言って執務机の前に設置されたソファセットを指し示した。ローズはそれに従ってそこへと腰を掛ける。
ついで、「支部長」とエルさんも向かいに腰を下す。
「支部長のロジャー・ガレだ。まず、おばあさん、あ、ジズレフィン・マーシャルという冒険者の記録はウチにはない。その上で聞くが、この短剣をどこで手に入れたのか、そういう話は聞いているか?」
やはり、「おばあさん」の方ではなく「短剣」のほうに何かがあるんだ――と、ローズは直感する。
「いえ、得には何も――。昨日譲り受けるまでは、この様なものを持っていることも知りませんでした」
「そうか――。ローズ君といったね? この短剣なのだが、これは相当の品物だ。まあ、いわゆる『迷宮の収集品』なのだが、品質がとても高い。この短剣を収集可能なダンジョンは現在なら金級冒険者程度の実力が必要なものなのだ。しかも、希少価値も高く、魔力付与までしてある――」
ローズは聞いていてもよく分からない。何となくわかるのは、その高価な短剣を持っていたおばあさんはいったい何者? ということだけだ。
「――そう、なんですね。それで、おばあさんのことなんですが……」
ローズが知りたいのは短剣のことではない。ジズレフィン・マーシャルという人物についてだ。
「あ、ああ、それでだ。残念ながらさっきも言ったが、ここにジズレフィン・マーシャルについての記録はなかった。つまり、おばあさんはここでの実績はないということだ。おばあさんの記録を調べたいのなら、カインズベルクへ行くといいだろう」
カインズベルク? ってヘラルドカッツ王国の王都だよね? そんな大きな街におばあさんが関係してるというの?
困惑しているローズの表情を感じ取ったか、これまで黙っていたエルさんが声を掛けてくる。
「ローズさん、カインズベルクには冒険者ギルドの本部があるんです。これほどの高価値なトレジャー品についてなら、必ず記録が残っているはずです。もしかしたら、この短剣のルーツを辿れば、おばあさんのことが判るかもしれません」
ローズはようやくここまでの話を理解した。支部長さんには悪いが、この人は何と言うか言葉足らずなのだ。
「もう、支部長、いつも言ってるじゃないですか。質問するときはどうしてその質問をするのか、理由を付してくださいって――。ごめんなさいね、ローズさん。こんな形ですけど、根は結構シャイなんです、この人」
エルさんがそうやってにこりと微笑むものだから、ローズもつられて少し頬を緩めてしまった。
結局、その短剣の価値が高すぎるため、人の多い場所ではなく、誰かに聞かれる心配のないこの支部長室まで案内されたというわけだった。
この部屋に入った最初にそう言ってくれれば、もっと分かり易かったのにな、とローズは思い、自分もこれからは気を付けようと心に留めおくことにした。




