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お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。  作者: 永礼 経


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第563話 おばあさんの遺言


「おばあさ~ん! 帰ったよ~」


 ローズはいつものように元気よく家の玄関の扉を開けて叫んだ。


 すると、家の奥から、一人の老婆が現れて、


「おやおや、今日も元気だね。おかえり、ローズ」


と、相変わらず優しい笑顔でおばあさん、ジズレフィン・マーシャルが応える。


 二人はしばし抱擁を交わすと、早速パンプキンパイを広げてこの一週間の出来事を語らい始めた。


 ジズレフィンばあさんの方は、ローズの話をうんうんと頷きながらじっと聞いている。

 時折挟む相槌が絶妙で、ローズもついつい話が弾んでしまうのだ。


「――それでね? 今日は少し変なことがあったの。冒険者ギルドの壁に貼り紙が在ったんだけど、なんだかなにかの古い本に記述された文字列に見覚えのある人を探してるらしくって――。わたし、その文字列をみて、とても見覚えがあるんだけど、書いている意味がわからなかったんだよね?」


 ジズレフィンはそれを聞いて、ほほうと相槌を打ち、それで? と先を促した。


「――うん。「フォルダ」とか「データ」とか「グラフ」とか、そういう言葉が並んでいたんだけど、どれも意味がわからないのよね。ねぇ、不思議でしょ?」


 ローズはパンプキンパイを一口頬張って、ぶどうジュースをぐいと飲む。

 ローズはおばあさん特製のこのぶどうジュースが大好物で、街に帰るときにはいつもいくらか持ち帰るのだ。


「なるほどねぇ。ところでその探し主は誰なんだい?」

「ああ、依頼主はメストリル王国のリヒャエル・バーンズさまって書いてあったわ」


「リヒャエル――、英雄王か。こりゃあ、相当大事(おおごと)だね」

「え? どうして? 何がそんなに大ごとなの?」


「英雄王と言えば、その昔は『黄金の天頂ゴールド・エイペックス』と呼ばれたパーティのリーダーだよ。そんな男が世界中の冒険者ギルドに貼り紙をさせて人を探している。こりゃあ、かなり真剣な人探しに違いないよ。ローズ、お前はその文字を見慣れていると言ったよね? だったら、メストリルへ行ってみるのがいいかもしれない」

「『黄金の天頂ゴールド・エイペックス』?」


「ああ、彼らは冒険者たちのあこがれの的だった。パーティメンバーすべてが金剛石級冒険者アダマンタイトクラスにまで登り詰めた、伝説のパーティさ。中でも『暴風』リヒャエル・バーンズは今では『英雄王』と呼ばれるのが随分と馴染んでいるが、その戦闘スタイルは、一度駆け出したらまるで、嵐が戦場に巻き起こったのかというほどに凄まじかったと言われている」

「ふうん、そんな冒険者がどうして今は王様なんかになってるの?」


「前メストリル王が是非にと請うたんだよ。リヒャエルはメストリルの食客でね。前王には子が無かった。それで死の間際に、リヒャエル・バーンズに頼み込んだのさ。当時のメストリルは貴族間の空気があまりよくなかったのでな。王が死して後、国が割れることを憂いた前王が、リヒャエルに託したというわけさ」

「へぇ~。そうなんだ――」


 ローズにはあまりピンとこない世界の話だ。

 そもそもローズはこの「冒険者」という者たちにあまり関心が無い。


 もちろん、ローズが今働いているクエルの街にも冒険者はたくさん訪れているし、お店にも買い物に来る。だけど、総じて、あまりきれいとは言えない身なりで、臭いもなんだか血生臭く、言葉遣いも粗暴なものが多い。

 ただ、皆一様に陽気で楽観的ではあるように見えるのが唯一の救いだ。あれで、陰湿で悲観的だともう救いようがないところだ。


「ローズ、もしかしたらお前がその貼り紙を見たのは天啓かもしれん。わしももう長くはない。いつまでもわしの傍にいることもない。ここはわしにとってかけがえのない場所になった。死しても周りの皆がよくしてくれることになっている。わしは自分の人生に一片の悔いもない。ローズ、お前も自由に世界に羽ばたいていいんだよ――」

「てんけい?」


「ああ、天啓さ。人の人生には何度かそういう転機がおとずれるのさ。わしにもこれまで多くの転機が在った。そして、その度に悩んで決断したものさ」

「おばあさんは、その選択を間違わなかったの?」


「どうだろうね。ただ一つ言えるのは、これまでの選択はすべて正しかったんだとそう思えるように生きてきたってことさ。あとからああしておけばこうしておけばなどと考えても仕方ないことだしね。その時の自分が下した決断を信じてやるんだよ。そうすれば結局はそれが一番だったって思えるさね――」


 そんな話だった。そしてその日が終わる前、おばあさんはローズに一つのプレゼントを贈ってくれた。


「短剣――?」


「わしが若い頃に使っていたものさ。結局譲る相手もいなかったからね。次お前が戻ったらと、手入れしておいた。これをもってメストリルへ行きなさい。これがわしの『選択』さ。あとはお前が決めるんだよ。お前の人生はお前の手で切り拓くんだ」



 そして、結局これが、ジズレフィン・マーシャルの遺言となる。

 翌朝、ジズレフィンおばあさんが寝床から起きてくることはもう無かった。


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