第560話 アレスター卿が昇格しない理由
「実は、師が王子に剣を教えても意味が無いと決断したのには理由があるのです。ですが、そのことが王と王子の二人の関係を歪なものにしてしまったのです――」
アレスター卿は話を続ける。
『剣聖』カークランド・シュナイゼルは、アシュレイ王子の訓練に関して、自分とは異なる素質を見出していた。
仮に、自分が剣術をこのまま教授し続けた場合、その王子の素質を損なう恐れがあると判断し、剣術を教えることをやめることにしたのだという。
ところが国王が早とちりをしてしまい、王子の不真面目さや強情さが原因で、破門されたのだろうと叱責してしまった。
王子は師から聞いた理由を説明したのですが、国王は聞く耳を持たず、それはお前の言い訳に過ぎないのだろうと断じてしまう。
それならばと、アシュレイ王子は自分の力でその素質を証明してみせると言って、王城を出て冒険者へと身を投じたのだそうだ。
そもそも素質自体は高かったため、冒険者になってからめきめきと頭角を現したのだが、なにぶん、師匠がいない独自スタイルであることと、あの強情さゆえに、パーティに恵まれず、現在も銀級冒険者に甘んじているが、その剣技はようやく完成形に近づきつつあると、アレスター卿も見ているという。
「もちろん陛下もその後、師から話を聞き、王子の言っていたことが本当であったと知り、そのことを王子へと伝え謝罪されたのですが、何分あの性格です。一度決めたら、梃子でも動かない。王子は、父王の謝罪は受け入れつつも、自分を貫き、結果を出して見せると今も足掻いておられるというわけです――」
なんとなくだが、話の大筋が理解できてきたミリアは、国王と王子のあのようなピリピリした二人の空気感の原因がようやくわかりかけてきた。
まあ、単純な話、ただの「親子喧嘩」であるのだが、ミリアにも若干強情な部分がある為、王子の気持ちが分からなくもない。
おそらく、国王は一度謝った以上、それでも戻らない王子に勝手にしろとお怒りなのだろうし、王子は王子で、これまた、結果を出して認めさせなければ戻れないと意地を張っている。
そんなところだろう。
「そう、だったんですね。しかし、そうなれば、戻ってこられるのでしょう?」
ミリアの言う「そう」とは、冒険者として結果を出せばという意味である。
「――どうでしょうね。例えば王子の思う『結果』が、金級冒険者であるならば、それまではあと数年というところでしょう。ですが、もし、金剛石級冒険者を目指しているのであれば、それはおそらくは叶わないでしょう」
「え? アシュレイ王子は金剛石級にはなれないと?」
ミリアはアレスター卿の言葉に思わず返してしまった。
「――残念ですが、恐らくはそれより前に現役終了、いや、陛下のご尊命が尽きてしまわれると思います。王子が認めさせたい相手は陛下ですから、陛下の生きている間に達成せねば、意味がないわけですから。たとえ、王子の現役の終る少し前に昇格できたとしても、その時に陛下はもうこの世には居られないでしょう」
アレスター卿の寂しげな表情の理由はこれだったのかとミリアは合点した。
(あ、もしかして、アレスター卿が今もなお「金級」でとどまっている理由って――)
と、ミリアは気が付いてしまった。
そしてそれを確かめたくて、質問をしようと口を開けかけた時、ここまで黙って聞いていたジョドが先手を打って言葉を発した。
「――すこしばかり尋ねるが、そなたはその「金剛石級」まであとどのくらいなのじゃ?」
「ジョドさま、私もまだまだ未熟であります――。が、恐らく私はそれほど時間はかからないと思っております。そうなった場合、師の称号を受け継ぐことに変わりはありません。それが師の遺志ですし、私の目標でもありますから」
「なるほどのう、そなたも、なかなかに強情だと、そういうことか――」
「――お察しください。私は陛下がご存命のうちに二人に和解してほしいのです。王子はあれで居て、結構私にはよくしてくださいました。ただの親無し子である私を、実の弟のように可愛がってもくださいました。私はアシュレイ王子こそこの国の次期王にふさわしいと今でもそう思う気持ちに変わりはありません――」
これで話はすべてだった。
アレスター卿は、わざと「金級」に留まっている。アシュレイ王子がどこを目標にしているのかを見極めるためだろう。
先に自分が「金剛石級」に上がってしまった場合、恐らくアシュレイ王子がアレスター卿に追い付くまでにはかなりの時間を要することになる。
だが、今なら、そうなるまでにもう少しの辛抱というところだろう。
もしかしたら、アシュレイ王子が「金級」では不足だと言い出すようなことがあれば、アレスター卿は身をもってその困難さをアシュレイ王子に突きつける心づもりまであるのかもしれない。
この後、このヒストバーン王国の「3人の関係」がどのように変わってゆくのか。それは、今しばらく時が過ぎるのを待たねばならないということのようだ。




