第558話 剣星アレスター
(すごい……)
ミリアは今日何度目かの感嘆を感じていた。
ジャンカルロ・アレスターの剣技の流麗かつ切れ味鋭い斬撃を見て、これぞまさに天才と思わせられる。
4層、3層の【オーガ】種族も、2層の【リトルフッド】も、もちろんアレスター卿の敵ではないことは初めから分っていた。
もちろん、ミリアとべリングエルの二人にしても、それらの魔物は敵ではなかったのだが、これほどまでに鮮やかに、たいして苦労もなく切り伏せてゆくのを見ると、自分たちが戦った時はどうだったかを改めて思い起こさせ、その差を目の当たりにさせられる。
ミリアたち3人は、まさしくアレスター卿が言った通り、少し後ろをついて行くだけで、なんなく迷宮の入り口まで上がってきた。
アレスター卿の顔を見るや、王国の兵士たちがざわめき、歓声を上げる。
なかなかどうして、この人に対する兵たちからの人気もすごい。
それに比して、アシュレイ王子に対しては、冷ややかな眼差しが投げられ、ひそひそという耳打ち話が耳に入ってくる。
「じゃあな、ジャン。俺はもう行くぜ?」
アシュレイ王子はそそくさと乗ってきたであろう馬の方へと歩みを進める。
「王子! 迷宮ボスの討伐、お見事でした――! 久々にあなたの戦う姿を見ましたよ。相変わらず、いい仕事をなさる」
と、アレスター卿がアシュレイ王子に声を掛けるが、当のアシュレイ王子は振り返りもせず、ただ右手を上げると、馬に跨って王都とは違う方向へと走り去っていった。
もちろんこの言葉を聞いた兵士たちはどよめき、耳打ち話の音量も若干増えたのだが、アシュレイ王子を振り向かせるほどのものではなかった。
「――さて、ミリア君、べリングエル殿。事の次第を一応説明した方がいいですよね?」
そう言って振り返るアレスター卿に対して、ミリアが、そうですねと応じると、迷宮の入り口に設営してあるテントの中へと案内される。
「実はね、あのボス部屋、トラップだったんですよ。本当のボス部屋は、その部屋の前、ボスと王子が戦ってたあの空間が「部屋」だったって話です――」
アレスター卿が、真相を話し始める。
いわく、ミリアたちが目前にしたあのボス部屋の扉は、実はボス部屋の奥部屋で、あの部屋に入ったとたんに、ボスが扉を閉めてしまうというトラップだったとアレスター卿は言った。
ボスはそこに閉じ込めたものたちを、自分の好きな時に食らうつもりでいたのだろうと推測される。
事実、あの部屋には、数人の遺体の残骸らしきものが見受けられたらしい。
「まったく、面目ない話です」
と、アレスター卿。
「いえ、私もまったくあの蜘蛛の気配に気づきませんでした――。べリングエル、あなたは?」
「私にそれを聞くか? もちろん知っていたとここで種明かしをしても、信憑性に欠けるだろう。私がお前に付いているのは、ただお前を守るためだけではないのだがな?」
ミリアは、ごめんなさい、やっぱり気付いていたのねと返す。
「――お前が部屋に入ろうとした時、声を掛けようとしたが、その前に、この者が叫んだのだ。大方、あの扉が開くのをずっと心待ちにしていたのだろう?」
と、べリングエルはアレスター卿に視線を送った。
「ええ、そりゃあもう。なかなかに待ち侘びましたよ。まあ、迷宮の通常フロアの魔物たちは、それ程の脅威でもありませんでしたから、冒険者ギルドが動けばそのうち誰かがやってくるだろうとは思っていましたが、まさかたった二人だったので少々驚きましたがね」
ミリアはアレスター卿が戻らないということで、王国のほうも二の足を踏み、メストリルに救援要請が入ったことを告げた。
アレスター卿が戻らないということは、かなりの脅威度の魔物が奥にいる、と分析したのだろうことは、賢明な判断だったとも言える。
「――そうでしたか。それはご心配をおかけしましたね。申し訳ございません。あのボス蜘蛛ですが、迷宮の性質上、また生み出されるでしょう。ですが、情報を共有しておけばさほどの脅威ということでもありません。今後は冒険者ギルドへと管理が移管されることでしょう」
「さほどの脅威でもない」というのはどれほどのものまでをいうのか、冒険者ギルドの基準が計りかねるミリアであったが、アレスター卿がそういうのだから、そうなのだろうと納得するしかない。
「そうですか。それでは我々はこれで――。アレスター卿、再び会えて光栄でした――」
と、席を立とうとするミリア。
これだけ話を聞けば、英雄王や院長にもしっかりとした報告ができるだろう。何より、アレスター卿が無事であることが一番の朗報だ。
「え? ああ、待ってください。さすがにこれで帰してしまっては、私が国王から叱られます。今晩は、王都にお泊りください。時間ももう遅いですから、明朝食事を為されてからお帰り頂きますよう、お願いします。もちろん、お夜食も部屋へ運ばせますので――」
一刻も早く英雄王に報告したいところだが、確かに言われてみれば、この時間に戻っても王城の皆もすでに床に付いているかもしれない。それに、ジョドもべリングエルもよく働いてもらったから、休息をとらせる必要もある。
ミリアはそう考え、上げかけた腰を再び下ろした。
「――そうですね。これから戻っても、皆の就寝を邪魔するだけになりますね。では、お言葉に甘えて、今晩は王都で寝床をお借りいたしたく思います」
と、そう答えた。




