第557話 これが本物の冒険者
――ギィン、ギィン、ドカァ!
――ギィン、ギィン、ドカァ!
先程から、断続的に金属音が響いている。
この迷宮のボス、【ヒュージ・スパイダー】と、ヒストバーン王国の王子、アシュレイ・ルイ・ヒストバーンが切り結ぶ音だ。
何と表現すればいいだろうか。
ただ「愚直」――とでも言えばいいのだろうか。
基本動作の反復、弾いて弾いて斬る――。
ただそれの繰り返し。
そうやってすでに数分以上が経過している。
たしかに、派手さはない。が、しかし、確実に【ヒュージ・スパイダー】の体力を削っていく。それは、明らかなのだ。
【ヒュージ・スパイダー】の8本の足のうち、すでに4本が斬り飛ばされているからだ。
(すごい……、これが冒険者――)
ミリアは初めて本物の冒険者の実態を目の当たりにしている気がする。
これまでミリアが共にしてきた「冒険者」たちは、「黄金の天頂」のような、超級のものたちで、ある意味、「怪物」の集まりだ。
たしかに、彼らの攻撃力、判断力、知識、体術は人の域を越えているものばかりだった。
それは、驚愕と尊敬に値するものに違いなかったが、その根幹にあるのは、天性とも言える素質の高さであり、決して通常人の届く範囲のものでないように感じさせられたのもまた事実である。
(でも、この人は「違う」――)
今目の前で戦っている「冒険者」アシュレイ・ルイ・ヒストバーンからは、その「天性」が感じられないのだ。
だが、時間が経つごとに、確実に、着実に、【ヒュージ・スパイダー】を一歩ずつ「死」に近づけて行っている。
それは、周囲に転がっている彼の足だったものの本数が徐々に増えていることを見れば明らかだ。
「すごい――」
ミリアはただ、その戦いに見入っていた。
「ふうん。ミリア君って、こういうのがわかる人だとは思ってなかったよ。どちらかというと天才肌って感じだから、アシュレイ王子のような冒険者は愚直で実力が無いと見えると思ってたんだけど――」
と、アレスター卿が言った。
「――確かに、愚直であるな。だが、実力不足というわけではない。実際、この勝負はあの冒険者の勝ちだからな」
と、べリングエル。
そうなのだ。
それはミリアにも分かっている。この勝負、アシュレイ王子はあと数分もすれば、【ヒュージ・スパイダー】を倒してしまうだろう。
アシュレイ王子は最初こそ防戦一方だった。何度か、ミリアが援護をするべきかと迷ったほどだ。だが、その度に、「手を出すな!」と、アシュレイ王子が叫ぶのだ。
「もうちょっと待ってろ! もうちょっとだ!」
そう、何回かアシュレイ王子は叫んでいた。
何度か蜘蛛の足の攻撃を躱しきれずに、殴られる瞬間もあったが、致命傷に至るような爪だけは確実に躱しているうちに、打撃攻撃も当たらなくなる。
すると次は、躱し続けていた爪攻撃に『大鉈』を合わせて弾けるようになってゆき、ついには反撃のタイミングを掴んで斬撃を繰り出し始めた。
そして、2本目の足が斬り飛ばされるまで数分――。
最初の一本はミリアたちに対峙している蜘蛛の後方から不意打ちで食らわせたものだったが、真っ向から対峙して斬り飛ばすまでにはやはり時間が掛かった。
だが、そこからのアシュレイ王子は、それまでにかかった時間よりも短い時間で、もう2本の足を斬り飛ばした。
おそらくもう、ミリアたちが手を出す必要はないだろう。
「おりゃあ――!!」
ズバン――!!
どかぁ!
とうとう5本目が斬り飛ばされる。
ギイイイオオオオオォぉぉ――!
蜘蛛が「声」を上げて明らかに苛立ちを現した(ようにみえた)。
しかし、蜘蛛の動きに大きな変化はなく、その後も同じ動きが続き――。
「これで最後だ――ァ!」
ズバン――! どかぁ!
とうとう最後の一本が斬り飛ばされた。
グルルルル……。
恨めしく呻く蜘蛛はついに最後の時を悟ったかのように、地に伏せたまま動けなくなる。
「なかなか楽しかったぜ――。あばよ、蜘蛛野郎――」
ズン――……。
と、アシュレイ王子は蜘蛛の脳天に大鉈の先を突き刺した。
「――ふぅ、おわったおわった。お!? 赤嶺石じゃねぇか。こりゃあ今晩はうまいもんが食えそうだ」
蜘蛛の亡骸が消失したあとに小さな赤い石が残ったのを拾い上げながら、アシュレイ王子が言った。
「王子――、お帰りだったんですね?」
とは、アレスター卿。
「ああ、近くまで来たんでな。噂が耳に入ったから寄ってみた」
「噂って、もしかして私のことですか?」
「いや、お前じゃなくて、こいつの方さ――」
と言いながら、アシュレイ王子は赤い石を掲げて見せる。
つまりは、この迷宮の噂ということだろうか。
「なあんだ、私がしばらく帰らないという噂を聞きつけて、心配で来てくれたってわけじゃなかったんですね?」
「はぁ? 心配? 俺がお前を? なんでそんな必要があるんだよ? 俺が心配するのは、迷宮の中のものが枯渇しちまわないかってことだけだぜ? お前が入ってったとなるとそんなに時間がねぇからな――」
などという会話が続いている。
「あ、あのう――」
と、ミリアはなんとか声を上げた。
「――再会を喜ぶのはいいんですが、いろいろと事情を――ですね……」
話の腰を折る形となるが仕方がない。しかし、このまま放って置いたら、際限なく世間話が続きそうな気がする。
「――あ、ああ、すまないミリア君。そうですね、王子、話はあとにしましょう。それよりも脱出です。事情は外で話します。あ、帰り道は私に任せてください。皆さんは少し距離を置いてついて来てくださいね」
行きましょうか、といったアレスター卿は入口に向かって歩き始める。ミリアたちも取り敢えずこの場はそれに従うことにした。




