第555話 べリングエルの能力とミリアの魔法
え? なに――!?
ミリアは一瞬何が起きたのか理解が及ばなかった。
べリングエルは、武器など持っていないはずである。なのにどうして、【リトルフッド】を切り裂くことができたのか――。魔法を発動した気配はなかった。
が、その疑念もべリングエルが体を起こし、仁王立ちになるまでの事だった。
だらりと下げた両腕――。
(あの腕――! ドラゴンの腕?)
なんと、べリングエルの両腕だけが、ドラゴン本体の形状になっているではないか。
もちろん、「等倍」というわけではない。だが、体に比して、やや大きく見える。
切り裂いたのは、その腕の先にある「爪」によるものだと理解したミリアだったが、まさか、一部分だけを竜体化するなんて、そんなことが可能だとは知らなかった。
「そんなこともできるの!?」
と、思わず叫ぶが、当のべリングエルは、ミリアの問いに答えるより先に次の斬撃を繰り出し、さらに数体を屠る。
「――話は後だ。早くやらないと、居なくなってしまうぞ?」
と、ようやく言葉を返すべリングエル。
確かにこのまま黙って見ているうちに、【リトルフッド】たちは全てべリングエルの爪の餌食になってしまうだろう。
(――もう! そんなことができるなら、先に言っておいてよね!)
と、恨み言を胸の中でつぶやいたミリアだが、自分の経験を上げていくためには「何もしない」という選択はない。少しでも実戦の経験を積むためには、魔物を倒すことが一番であることは間違いないのだ。
ミリアは、腰の短杖「大地の恵み」を抜くと、詠唱を始める。
――炎の精霊サラマンドラよ、我の召喚に応じ、敵を滅せよ。
『|大地を這う炎霊《フラメンガイスト・デア・アウフ・デア・エルデ・クリーヒト》』!!
詠唱が終わるや否や、ミリアの足元から前方へ向けて、4本の「炎の槍」がものすごい速度で地面を一直線に這い進む。
「べリングエル! 避けて!」
ミリアが叫ぶと同時に、べリングエルが舞い上がった。その背にはドラゴンの翼(小型版)が生えている。
(腕ができるなら翼だって出来るんでしょ――?)
ミリアは意地悪く口角を上げる。
そのべリングエルの足下を「4本の炎槍」が通過し、ついには【リトルフッド】の足元まで到達すると、そのまま駆け抜けて消えた。
もちろん、その軌跡にいた【リトルフッド】は足元を通った炎に焼かれ、火だるまになり、焼失した。
「――まったく、顔に似合わず、やることは大雑把だな。下手したら、私まで火だるまではないか」
返すべリングエルは空中で態勢を整えると、一気に滑空した。
まるで、ツバメが得物を取りすぐに上昇するかのように、空中に弧を描いたべリングエルが通った後の【リトルフッド】たちは、首や胸などを境に上下に二分されて崩れ落ちた。
(どっちがよ――。あなただって、結構理不尽なやりようじゃない)
と、べリングエルの誉め言葉かけなし言葉かわからない言葉に無言のまま返すミリア。
次いで、ミリアは3発続けて「火球」を発射、残った3体にことごとく命中させ、これらを倒すことに成功した。
「ふむ。やはりこの程度の魔物の群れなど、造作もない、か――」
と、地に降り立ったべリングエルが告げた。
「本来、この【リトルフッド】たちは、その俊敏性が一番の武器なんだろうけど、動きまわるより前に私たちが倒しちゃったから、ね」
「たしかに――な。まあ、だが、例え動き回ったとしても、外すことはないのだろう?」
「もちろん。錬成速度も精度もアステリッドの方が私より上だけど、私だって、何もしてこなかったわけじゃないんだから。この程度の速度には対応できる自信はあるわ」
と、答えるミリア。
そうだ。
あの子の錬成速度と精度の高さは類稀なる才能の証――。それを凌駕するためには、私は私なりの方法で対抗するしかない。
そもそも、アステリッドの魔法の技術は出会った当初から高かった。だが、年齢やタイミングなどがややミリアに有利に傾いたに過ぎない。
それ故に、「黄金の頂点」に招かれたりもしたが、もし仮に、そのすべてが逆だったとしたら、これまでのような練習だけでは彼女の技術には到底追い付かないだろうと思い始めたのは、随分と前のことだ。
キール・ヴァイスの右腕になる――。
そう言った彼女のその魔法技術はすでにその域に到達しつつあると言っていいだろう。
ミリアは数年前まで、まさしく「井の中の蛙大海を知らず」の例え通り、メストリル国家魔術院においては最高の素質者であり将来を嘱望される魔術師であった。
だが、キール・ヴァイスに出会い、アステリッドに出会い、一人の魔術師としても、自分の魔法技術にしても、まだまだ未熟だと思い知らされることになる。
このままでは私は二人に置いて行かれてしまう――。
そう思ったのは、大学を卒業するよりずいぶんと前のことだった。だから、メストリルを離れ、シェーランネルへと「留学」することを申し出たのだ。
(――まあ、キールはともかく、当のリディはそんなことをわたしが考えてたなんて、思いもしなかったでしょうけど、ね)
ふっと二人の顔が脳裏をよぎる。
今頃二人は船の上で心地よい海風にさらされていることだろう。
「どうした、ミリア? 何か可笑しなことでもあったか?」
べリングエルの言葉にあてられ、自分が無意識のうちに笑っていたことに気付かされたミリアは、慌てて顔を引き締めると、
「――なんでもない。ちょっと友達たちの顔を思い浮かべていただけよ。さあ、進みましょう、べリングエル」
と、そう言って、歩み始める。
べリングエルもただ、そうか、と一言だけ言うとミリアの後に続いた。




