第553話 ヒストバーン国家魔術院の小瓶
ミリアは王城を出て、開けたところに出るとすぐにべリングエルの背に跨った。
そして上空へと舞い上がると、北へと針路をとる。
舞い上がるときに、アシュレイ王子が馬に跨っているのが見えた。本当に追いかけてくるつもりのようだ。
「べリングエル、アシュレイ王子も追いかけてくるみたいだわ。こうなったら、迷宮を先行して、少しでも魔物を狩って置くしかないわ――」
魔物たちは狩っても狩ってもまた湧いてくる。これは迷宮の仕様だ。
しかし、狩ってから湧くまでの間にタイムラグがある。
もちろん、どのぐらいの間隔で、湧くのかは個体や迷宮によってさまざまだが、おおよそ、数分から数十分程度が相場だ。
つまり、ミリアたちがあらかじめ狩って置けば、アシュレイ王子への脅威がやや抑えられるだろうということだ。
『まあ、そうだな――。あの男、それなりに強者だとは思うが、さすがに『英雄王』とは比べるべくもない。少しでも負担を減らせれば、帰還率も向上することだろう』
と、念波で返すべリングエル。
だが、あまりお喋りしている時間はない。北の森にあるという新生迷宮まではそれほど時間はかからなかった。
この分だと、アシュレイ王子も直に到着することだろう。
二人は迷宮の前に降り立つと、ぽっかりと口を開いている洞穴を見る。周辺にはすでに王兵たちが陣取っており、一応、即時治療できるよう魔術師たちの姿もちらほら見えた。
「ミリア様! 遠路、わざわざお越しくださりありがとうございます!」
その中から、一人の魔術師が進み出て、ミリアの方へと駆け寄ってくる。ヒストバーン王国の国家魔術院院長補佐官のテルスト・ジュロだった。このテルストと、ミリアはすでに面識がある。
「ジュロ補佐官、遅くなりました。なにか、新しい情報はありますか?」
「いえ、誠に恥ずかしながら、我々の力では、入り口付近の魔物を狩り続けることぐらいしか――」
「――そうですか、わかりました。では、すぐに救出に向かおうと思います」
「あ、ミリア様、それから、べリングエル様も。どうぞこれをお使いください――」
そう言ってテルストが差し出したのは小さなガラス瓶である。
「――それは、当魔術院オリジナルの回復小瓶です。まずは一瓶、いますぐお飲みください。体力と魔力が回復するでしょう」
ミリアはべリングエルに視線を送る。知っている間柄といっても、一応隣国の魔術院の用意したものだ。警戒しないわけにはいかない。
「――問題ない、いただこう」
と、べリングエルは即座にその瓶を飲み干した。
「――ありがとうございます、テルストさま、では――」
と、ミリアもこれを飲み干す。
飲んだ瞬間から、効果があることが窺い知れた。体がぽうと温かくなり、疲れがスゥっと抜けて行く感覚がはっきりと感じられる。
魔力のほうも漲ってくるのがわかるほどだ。
(――これは、すごいわ! こんな純度のポーションが作れるなんて、この国の魔術院には錬成「3」魔術師は院長と補佐官のお二人だけだと聞いていたけど、優秀な人たちが集まっているのは間違いないわ)
「素晴らしい小瓶ですね。おかげで疲れが取れ、魔力の補充もできました。必ず、アレスター卿を見つけてみせます」
「お褒めに預かり光栄です。あと、4本完成しています。一つは出来ればアレスターさまに。あとは道中お使いください」
そう言ってテルストがさらに4つの小瓶をミリアへ差し出す。
ミリアは、わかりましたと応えると、その小瓶をローブの中へしまい込む。
「さあ、いきましょう、べリングエル。ジョドにはもうしばらく休んでてもらいましょう」
そう声を掛けると、ミリアは洞穴の中へと足を踏み入れた。
――――――
(しかし、まいったなぁ~)
一人の剣士が、真っ暗な迷宮の中で途方に暮れていた。
事の始まりは2日前のことだ。
新生迷宮が発見されたとの報告と、国王からの探索命令を受けて、このへ迷宮へ進入したのだが、始めこそ、特に脅威になるような魔物はおらず、これなら冒険者ギルドの中級冒険者(=鉄級~銀級)なら問題ないだろうと、そう値踏みしたのだが……。
(いきなりあんなのが現れるなんて、「初見殺し」もいいところだ――。しかも、ボス部屋じゃないってんだから、質が悪いよな――)
ソイツは迷宮の普通の場所に現れた。
大抵あのクラスなら、迷宮ではボス部屋モンスターに相当するレベルだ。
そして、どうやらこの迷宮には「ボス部屋」が存在していないような節がある。
いや、「部屋はある」のだが、ボスがいないのだ。
何とも、伝わりにくい言い方だった。
つまり、「ボス部屋は存在しているのに、そこにボスの姿はなく、ボスは迷宮内を徘徊している」、ということだ。
アレスターも二日間ただじっとしていたわけではない。
一応今いる部屋の状況も調べた。その結果、ここが「ボス部屋」であり、この部屋の主こそ「アイツ」だという結論に至ったのだった。




