第552話 ミリアの不足
「なるほど――な。確かに、あんたの方に『道理』がある。いや、そもそも、あんたたちの行く手を阻んで、避けさせようとは思ってなかったんだ。ただ、あんたたち二人に話があってな?」
と、アシュレイが返す。
「話だと?」
と、べリングエル。
「ああ、そうだ。ジャンカルロ・アレスターはかわいい弟分でな――。とは言っても、剣の腕はアイツの方が数段上だが、兄貴分としては、事情を知っていて指をくわえて待っているだけとはいかねぇ。俺も行く――。いいだろう? オヤジ」
と、視線を国王の方へ向けてアシュレイが告げる。
「――しかし、勝手について行って足手まといになるわけにはいかぬだろう? ここはミリア殿の判断に委ねよう。ミリア殿、どうだろう?」
と、ジェレミアード国王がミリアに問うた。
ミリアは、どうしようかと迷った。
正直言えば、この「王子」の力量がわからない以上、陛下の言う通り、「足手まとい」になりかねない。ある意味、守るものがいなければ、それはそれで、身軽なのだ。
べリングエルとジョドに関しては、その心配がない。それは、ミリアよりも実力が上だと分かっているからだ。
つまるところ、ミリアは自身の安全とやる事だけに集中できるわけだ。
しかし、仮に「王子」の力量がミリアより低かったとしよう。
その場合、少なからず、「王子」の存在に気を配らなければならないわけだ。一緒に来るという以上、もし万一があった場合、勝手についてきたという理由だけで責任を逃れるわけにはいかなくなる。
「――アシュレイ王子殿下。お聞きいたしますが、殿下は冒険者でもあられるとか。クラスは何でしょう?」
と、ミリアはそのままの場所から問いかける。
「クラスか――。クラスは銀級だ。銀級に上がってからはもうかれこれ、10年ほどになるか」
と、アシュレイ王子が答える。
つまり、10年間やって、金級に上がれていないということになるわけだ――。
ミリアが知っている冒険者は、『英雄王』様とそのパーティメンバーである、ティットさん、キューエルさん、そして、先だってお亡くなりになったレイモンドさんなど、皆、金級冒険者以上のひとばかりだ。
バレリア遺跡探索の時には、元『シュニマルダ』の方々や、ハリーズさんなど、冒険者ではないが、皆戦闘のプロフェッショナルな人たちばかりで、実力的にはミリアより上の人たちばかりだった。
ミリアは、考えた結果、返事を返す。
「――申し訳ございません、殿下。行動を共にするのは、お断りいたします……」
「――それは俺が実力不足だからってことか?」
と、明らかに不快な様子を表し問い返すアシュレイ。
「いえ、むしろ、実力不足なのはわたくしの方なのです。私はこれまで、多くの仲間に支えられてきましたが、その方たちは皆、私よりも実力が数段上の方ばかりなのです。今の私は、自身の身を守るのが精一杯なのです」
と、ミリアは敢えて、そう意見する。
この言い方だと、まるで「王子を守る」力はないと言っているに等しい。
「――ほれ、アシュレイ。ミリア殿もこう申されておる。お前がついて行っては、ミリア殿に却って迷惑になろう。控えよ、アシュレイ」
そう、口を挟んだのはジェレミアード国王だ。
「わかった。つまり、『お前の命は保障しない。勝手について来るなら、死んでも怪我しても関知しない』というわけだ――」
「いえ、そうでは――」
「ミリア、勝手についてくるというのだ。それはこの男の自由で、我らの意見を差し挟むところではない。それが「道理」というものだ」
と、言葉を発したのはべリングエルである。
先程、べリングエルは、「道理」をもって、アシュレイ王子に道を開けろと言った。ならば、その「道理」に照らせば、アシュレイ王子の行動は彼が決めるもので、他人が決めることではないというのもまた「道理」だ。
「――さて、話は終わったな? 道を開けてもらおう。ミリアよ、我の隣に戻るのだ。これは、大事なことだ」
べリングエルの言っていることは正しい。
ここで言う「大事なこと」の意味はミリアにもしっかりと理解できている。
「――そうね、べリングエル、あなたの言う通りだわ。ごめんなさい、べリングエル、主人の至らなさで、嫌な役周りをさせてしまったわね」
ミリアもようやく覚悟を決める。
先程の行動は、貴族である自分に染みついた「心の弱さ」だ。
相手が「王族」であり、自分より身分が上の方だと、思わず委縮したのだ。
ミリアは自身にまだ残る、「貴族」の階級的劣等感をこれから克服していかなければならないことを改めて思い知らされた。
ミリアは意を決すると、一歩を踏み出す。
そして、べリングエルの隣に戻ると、
「待たせたわね、べリングエル。行きましょう。――アシュレイ王子、道をあけてください」
そうきっぱりと言い切った。




