第550話 ミリアが空を駆ける理由
クルシュ暦372年3月13日夕刻――。
ミリアは、ヒストバーン王都ヒストレイに到着すると、そのまま王城へと向かう。
王都の城門をくぐる前に、王城の上をわざと旋回して見せたのは、到着を報せるためだ。
その為、城門をくぐる頃には、騎竜魔導士の到着を知った王城の衛兵がすでに馬車の準備を整えていた。
ジョドはさすがに一日飛び続けてきたため、ここでブレスレットに戻り休息を取ることに。代わって、べリングエルが従者としてミリアの傍について登城する。
今にして思えば、ミリアの従者としてこの二人が付いていることは、まさしく幸運であるといってよかった。
ドラゴン族二人の従者を従える魔導士など、古今東西、類を見ないだろう。
(本当に、ジョドとべリングエルには感謝しかないわね。この二人がいなければ、私一人でこんな案件に臨むなんて、考えられないことだわ)
ジョドはどうしてかわからないけど私によくしてくれる。べリングエルはジョドと仲がいいから、ジョドに協力してくれる。それは結果的に私に力を貸してくれるということになる。
いずれにしても、そのうち大きなお返しをしないと割りが合わないことになりそうだと、ミリアはいつも考えている。
そんな想いを込めて馬車の揺り籠で目の前に座るべリングエルの方をちらりと見る。
「――なんだ? どうかしたのか、ミリア」
「――べリングエルはどうして私に協力してくれてるのかなって、ふと、思っちゃった。でも、別に大したことじゃないわ。べリングエルには何か考えがあるのだろうと思うけど、私たちに危害を加えることではないと、そう思うから」
「――どうだろうな。私はジョドほどお前たちレントを信じてはおらぬ。今はまだ、何か行動を起こす時ではないというだけだ」
「そうね。私も私たちの子孫がどんな行いに走るのか、見当もつかない。でもね、べリングエル。私たちが仲良しだったって、後世の人に伝わったら、ドラゴン族と人類は手を取り合って協力できるんだって、そう考える人も必ず現れると、私は信じてるんだ。それに、あの人もそう考えているはずだから――」
「キール・ヴァイスか――」
「ええ、そうよ。キール・ヴァイス、私の愛する人――。私は彼の影となり支え続けると決意しているの。ダメかしら?」
「――好きにするがいい。そもそもレントは自由奔放な思考を持つ種族だ。だが、ミリアよ。私は、その時が来れば、行動を起こすだろう。それだけは譲れないのだ――」
「もちろん理解しているわ。あなた方ドラゴン族がそう決断するのであれば、それは私もそうなんだろうと納得できる。あなたたちはこの世界の守護者なんだもの、世界を救う、ただその為に行動するのでしょう。そうして私たちが間違っていて、この世界から退場させられても、また新しい種族が生まれて、私たちと違った方法を考えてくれるわ」
でも――。
と、ミリアはそう言葉を繋ぐと、べリングエルの顔をもう一度覗き込む。
「――たぶん大丈夫。私たちは道を誤らない。それは、今こうして私があなたと共にいるから。もちろんジョドもね? それに、キールにはリーンアイムさんが付いてる。だから、大丈夫よ、べリングエル」
そう言って、柔らかく微笑む。
ミリアが言っているのは、「決意」だ。
それは、他人事のような楽観視によるものではない。
今の時代に、いや、ミリアが老いて死ぬその時まで、ドラゴン族は人類を焼き尽くすという決断はしないだろう。
いくら科学の発展が速いといっても、そこまでの速度だとは思えない。
であるが、私たちの子孫が良いようにやってくれるに違いない、などという発想ではもちろんない。
自分の行動をしっかりと歴史や記憶に刻み込むことで、人とドラゴンはわかり合える存在であるということを、全人類に植え付ける。
その為に、「騎竜魔導士ミリア・ハインツフェルト」などと、気恥ずかしい通り名をも、黙して受け入れているのだ。
その姿は世界をかけ、人々を救い、ドラゴンと人類が協力できることを知らしめてゆく。
そうすれば、来たる困難な状況にも、互いに手を取り正しい道を選択できるに違いないと、ミリアはそう考えているのだ。
キールは海を走り、エルルートとレントを繋ぐといった。
ならば、私は空を駆け、ドラゴンと人類を繋ぐのだ。
その為にミリアはドラゴンに跨り空を駆けている。
「――ミリアよ。ジョドがお前に賭けてみたいといった理由が、最近少しずつ分かってきたような気がする。レントの短い生涯の中で、それでも未来永劫語り継がれるような生き様をお前は人々に魅せるのだろう」
「――どこまで行けるかはわからないわよ。でもね、べリングエル、私はあの人とならどこまででも行ける、そんな気がしているのよ。まあ、ただの勘違いや思い上がりなのかもしれないけどね?」
べリングエルには、この言葉を発したミリアが一瞬、ぱぁっと光を発したように見えた。もちろんそれはただの錯覚、思い込みに過ぎない。
だが、あながちそのような思い込みに浸るのも悪くはないものだと思っていた。




