第549話 ミリア北へ飛ぶ
「ミリア・ハインツフェルト、入ります!」
謁見の間に麗らかな乙女の声が響く。
一同が入口の方へと視線を向けると、そこには一人の女魔術士が立っていた。
「入れ」
と、英雄王が告げると、ミリアは一同の元へと歩を進める。
「只今帰還いたしました。――ところで、皆様お集まりで、何かございましたか?」
と、ミリアの方から思わず問いかけてしまう。
「これだ――」
そう言って英雄王は書簡をミリアに差し出す。
ミリアは一礼し、その書簡を受け取ると、さっと目を通した。そして、
「――迷宮、魔物案件ですか……。それにしても、あのアレスターさまがお帰りにならないとは、余程のことではありませんか――」
と、第一声を発する。
『剣星』ジャンカルロ・アレスター。
年齢は28というから、ミリアよりは4つ上になる。
2年ほど前、ヒストバーン王国を訪問した際、一度お目に掛かっている。ヒストバーン王国の食客、故『剣聖』カークランド・シュナイゼルの後を受けて、若干、24の時に、ヒストバーンの食客となったと聞いている。
得物は、片手長剣。カークランドの最初で最後の愛弟子であり、その剣の型は、師匠から一子相伝にて受け継いだものである。
現在の称号は『剣星』である。剣の技術はすでに師を越えたとの評判もあるが、冒険者ランクがまだ金級ということを理由として、師の称号『剣聖』を受け継ぐのを頑なに固辞しているらしい。
つまり、剣士、冒険者としては一騎当千の力量を持ち、傭兵として戦場に立てば、一個小隊以上の活躍を見せるとも言われる剣豪だ。
そんなアレスター卿が、迷宮調査から戻ってこないとなると、内部で何かが起きたとみて間違いない。
もちろん、魔物にやられてしまったと考えるのは短絡的すぎる。
いくら何でも、金級冒険者を戦死に追い込むほどの魔物など、最近の迷宮で確認された報告はない。
(ジョドやべリングエル、リーンアイムさんのようなドラゴン族なら、わからないけど……。場所は迷宮内というから、ドラゴン族と遭遇したとは考えにくいわ――)
と、ミリアは推理する。
とすれば、迷宮内部でなにかしらの「事故」に遭い、動けなくなっていると考えるのが妥当に思える。
「――手紙を発したのが今朝のこととして、すでに4日目が終わろうとしていますね。食料を採れていれば大丈夫だと思いますが、そうでないとなると、さすがにそろそろ限界が近いでしょう」
と、ミリアが意見を述べた。
「そうだな。事態は急を要する。ミリア、行けるか?」
と、英雄王がミリアに意思を問う眼差しを向けてくる。
「――わかりました。すぐに、ヒストバーンへ飛びます。ヒストバーン国王に謁見し、今後の対応を相談いたします」
ミリアは即答する。
ここにいる皆が自分に視線を向けている。
その視線にはさまざまな想いが込められているように思えるが、父ウェルダートの視線だけはどのような想いかはきっりと読み取れた。
――心配と信頼。
二つの感情がないまぜになっている、複雑な眼だ。
「ミリアくん、君なら問題ないと、私は信じている。状況に応じ、最善の判断を下せるだろう。君にはすでにその力が備わっていると私は確信しているよ」
院長がミリアに声を掛ける。この言葉は、確実な信頼と期待の証だ。
ミリアは、目に力を込めると、
「ありがとうございます、院長。大丈夫です。私も随分と強くなりましたから――」
と、それに応じた。
――――――
ミリアは即座に城外へ出ると、城門を抜け、ブレスレットに声を掛ける。
「ごめんね、ジョド、飛べる?」
すぅっと姿を現したジョドは、すでに竜の形態をとっている。
『――まあ、仕方ない。暗くなるまでなら飛べるじゃろう。それで?』
「ありがとう、北の隣国ヒストバーン王都までお願い。大丈夫、ジョドの翼なら、すぐよ――」
そう言いながらミリアはジョドの背に跨った。
『日が暮れるまでには到着したいのぅ――。少し急ぐぞ、ミリア。振り落とされんように気を付けるんじゃな?』
「大丈夫よ、もう。あなたの背から落ちるなんて、そんなこと今までにあったかしら?」
『ほう、言いおったな小娘めが。わしの記憶違いじゃとそういうつもりかの?』
「あ、あれは、あの時は――、もう、意地悪言わないで、ほら早く行って――」
『ほほほ、では、行くかの――』
そう言うとジョドは翼をふり、ふわりと上空へと飛び立った。
(アレスター卿――、何があったのです? 今行きますから、もう少し待っていてください――)
ミリアは胸に手をあててそう念じると、いつもより速い速度で飛ぶジョドの背から落ちないように鱗の間に手を掛けた。




