第547話 レオローラ号、出航
キールとアステリッドは見送りに来てくれた面々と歓談していた。
クリストファーとフランソワ、それに執事のユルゲンさん、そして、ワイアットとハーマンさん他、ギャラガー商会の皆さんたちが、今日の出航の見送りへと駆けつけてくれたのだ。
「クリストファーさん、フランソワ。二人はこれからカインズベルクへもどられるんですか?」
と、アステリッド。
「いや、まだしばらくはこちらに残ることになりそうだよ。僕の研究所の設営チームにすでに連絡を送ってあるんだ。明日ぐらいにはキュエリーズに入ると思う――」
と、応じるクリストファー。
設営チームというのは、通信設備に関してのことだろう。設備の設置もそうだが、なによりも電波塔を設置することが最重要なところだ。ことに、この景観豊かなローベの街周辺に建てるとなると、なかなかに場所の選定が難しいかもしれないと、キールは思う。
「ワイアット、あまり無茶を言うなよ? 電波塔は初めの一つこそ目立って違和感があるだろうが、今後は何も珍しいものじゃなくなる。大事なのは、利便性だぞ?」
と、キールが横から意見を差し挟む。
「わかってる。それに、場所の方はおおかた決めてある。あの教会の空き地にしようと思ってるんだ」
「キールさん、大丈夫です。僕たちの電波塔も少しずつ改良を加えています。景観に合った「形」でご提案しようと考えていますから」
と、二人が答えた。
どうやら、キールの考えは取り越し苦労だったみたいだ。
ワイアットについてだが、どうにも外見からはそうは思えないのだが、この間の会談といい、一昨日のレクスアースでの対応といい、なかなかにしっかりした政治家でもあると、思い直している。
その直後にワイアットが放った、「キール、どうだ? 少しは俺を見直しただろう?」という言葉がなければ、そのまま認識を変更してしまっていたかもしれない。
「――はあ? そんなわけないだろう? どうせ、教会の空き地っていうのも、自分がいつも教会にいるから、そこにも通信装置を設置しようとか考えてのことだろう? 結局、お前の都合じゃないか」
と、苦し紛れに言い返したのだが、これがなんと『図星をついた意見』だったようで、ワイアットは、ぐぬぬ……と、呻いて黙ってしまった。
(――ったく、危うく、評価を上げてしまうところだった。やっぱり、コイツは自分勝手で適当なところが素で、王族の皮をかぶってるやつだとみていいだろう――)
と、再度認識を強める。
「じゃあ、私たちが戻ってくる頃にはまだここにいるかもしれないですね? フランソワ、私いいお店見つけたんだ。帰ってきたら、一緒に行きましょう! あ、もちろん、クリストファーさんも来れたらどうぞ」
と、アステリッドが話題を一気にぶん回す。
これに対しフランソワも、
「ええ、私もこのローベにはそこそこ詳しいのよ? リディがまだ知らない店を紹介するわ」
と、返す。
そうして二人の間に少し険悪なムードが――。
そもそもこの二人、元同級生ということだったが、どうやら、「相性」はいいみたいだ。
「楽しみにしていますわ、ヴェラーニ夫人」
「こちらこそ。せめて、わたくしが暇を持て余す前にはお帰り下さいね、コルティーレ嬢」
と言って、薄笑いをお互いに浮かべている。
そんな二人を尻目に、キールは今回の航海にあたり、一番手を尽くしてくれた恩人たちに挨拶をする。
ハーマンさんとギャラガー商会の皆さんだ。
「ハーマンさん、それからギャラガー商会の皆さん、これまで本当にお世話になりました。おかげさまで、補給も準備も、船の状態も、すべて充分な状態で出航できます。ユニセノウ大瀑布で何か見つけたら、持ち帰りますから、楽しみにしていてください」
と、礼を述べた。
「キール様、先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。対したお礼もできておりませんが、その分、補給品の方はすべて最高級のものをご用意させていただいております。どうか、無事のご帰還をお祈りいたしております」
と、ハーマンさん。
「キールさんよぉ! 特に、燻製肉はウチの商品の中でも最上級のものを入れておいたぜ? じっくり堪能してくれよぉ!」
と、商会の一人が補足する。
そうですか、それは楽しみですね、と返しておいて、今一度、クリストファーに向き直る。
「クリストファー。予定では、1週間から10日ほどで戻ることになっている。その間、何かあったら、頼む――」
「キールさん、分かってます。僕だって「チームの一員」なんですから――」
この二人の会話の中身を理解できるのは、おそらくはこの二人だけかもしれない。
キールが言いたいのはもちろん、ミリアのことだ。
そして、クリストファーもそのことをしっかり理解している。
キールはクリストファーの顔を見て、意を決すると、視線を外した。
「それでは皆さん、お見送りありがとうございました。さあ、いこうか、アステリッド――」
「はい! 行きましょう、キールさん!」
そうしてこの日、キールを乗せた「レオローラ号」はローベの港を出港し、一路、西へと向かう。
クルシュ歴372年3月12日、早春の風がまだ冷たいころだった。




