第546話 リーンアイムと「お友達」
『リーン、この世界はね、希望で満ち溢れているのよ?』
「希望?」
『そう。大地を見てごらんなさい。緑が息づき、川が潤いを与え、風が生命を活気づけているのが見えるでしょ?』
「あれは、魔素が流れているだけじゃん」
『それが、希望なのよ。この世界には魔素が溢れ、それぞれの魔素がそれぞれの役割を果たし、命と命を繋いでいるの。そのうち、私たちのように話ができる生命体が現れるかもね?』
「話ができる!? それじゃあ、その生き物と友達になれるかなぁ!?」
『うふふ、リーンはお友達が欲しいのね?』
「友達はたくさんほしいな――、あ、でもエルザももちろんお友達だよ?」
『あら、ありがとう、リーン。じゃあ、私があなたの一番目のお友達ね――』
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「エルザ! エルザ! しっかりしてくれ! くそう! 忌々しい人間どもめ! もう我慢できん、全て焼き払ってくれる!」
『リーン、人間たちは間違った道を選択しただけ――。知性というものは時に間違いを犯すもの。恨んではだめ。気付かせてあげるのよ――』
「ああ、エルザ、我を一人にしないでくれ――。たのむ、死なないで――」
『ごめんね、リーン。私はここまでだわ……。でも、出来ればまたこの世界に戻って来たいな――。その時の為に、お願いリーン、世界を、「お友達」を……あきらめない、で――』
「ともだち、だと――! この世界を救うためには、あんなものがいてはいけないのだ――。エルザ、すまない。世界を救うために我はあ奴らを焼き尽くす――!」
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「……イムさん……、 リーンアイムさん!」
「んん――。あ、ああ、娘か――。我は眠っていたのか――」
「もう! いつになったら名前を憶えてくれるんです? 「娘」じゃなくて、アステリッド、です! ほら、お食事の用意が出来ましたよ? 皆さん、もうお揃いですから、早くいらしてくださいね!」
「ああ、わかった――。って、もう、おらぬではないか。あの娘もなかなかに騒々しいやつだ――」
リーンアイムは独り言ちると、船室の寝台から体を起こした。
微かな揺れを感じる。が、酔うというほどのものでもない。
耳を澄ますと、先程アステリッドが出て行った扉の向こうから、人が集まってわいわいと話す声が聞こえてくる。明日の出航に備えて今日は皆で酒肴を催すからと、そう言えば夕方に聞かされていた。
リーンアイムも、取り敢えず船内の食堂に向かう。
人族の食事は美味いものばかりだ。酒もなかなかに「面白い」。
この船にはエルルート族とレント族が入り混じって乗船しているが、種族の違いなどそれ程の意味をなさないように見える。
ここの皆は、互いを信頼し、共に食べ、共に歌い、ともに笑っている――。
『この船の人たちって、本当に仲良しさんなんですよねぇ~』
と、数日前にアステリッドが言っていたことを思い出した。
『なかよしさん? それはどういう意味だ?』
と問うたリーンアイムにアステリッドはこう答えた。
「おともだち」ってことですよ――と。
リーンアイムが食堂に入るや否や、船員の皆がわぁっと沸いた。
「よお、リーンアイム!」、「あんちゃん、まってたぜ?」、「はやく、ジョッキをわたしてやれ――」、「やあ、よくねてたな?」など、さまざまな言葉が浴びせられる。
「リーンアイムさん! こっちですよ! はい、ここに座ってください!」
この甲高い声はすぐに判る。アステリッドだ。
「――ああ。すまぬ、少し通してくれないか」
と、群がる男たちの間をかき分けてアステリッドの隣の席へと向かう。
アステリッドの向こうに座るキールが、こちらに向かって笑顔を向ける。コイツの笑顔に何の意味があるのかはよくわからんが、今のはおそらく、ただの愛想笑いだろう。
それに、ランカスターとレックスの顔も船員たちの間に確認できた。
「――よし、揃ったぜ! 船長! じゃあ、一言よろしく!」
と、仕切るのは副長のミューゼルだ。
もちろん「船長」と呼ばれたのがキールのことだとは我も知っている。
なんでも、今日は休暇をくれとミューゼルが言いだしたのだが、結局は何のことは無い、皆が手分けして買い出しに出ていただけだった。
結局は夕方までにはぞろぞろと戻ってきて、出航前の前祝をするんだということになり、今に至っている。
「――えー、それでは、みんな! これまでの準備、ご苦労様、そしてありがとう。明日朝8時、このローべをでて、西へ向かう。今回の航海の目的地は、ユニセノウ大瀑布だ。皆も知ってると思うが――」
「知ってる、知ってる!」
「なげーよ!」
「もういいだろ? 待ちきれねぇぞ!」
「――ん、んん――、まあ、いいか。とりあえず、航海の安全を海の女神に――」
「海の女神に――」
「海の女神に――」
「かんぱい!!」
「かんぱーい!!」
リーンアイムも皆に合わせて杯を掲げ、一口エールを呷る。
ここに来てから2回目の酒宴だが、この「かんぱい」という作法が何のためのものかはよく分かっていない。
「乾杯」という字を充てているらしいが、字の通りであれば、「杯を乾す」ことを指すのだろうが、ジョッキの中のものを飲み干してしまわないといけないということでもないようだ。
なんとも不思議な話である。
「リーンアイムさん! 乾杯です!」
そう言って隣のアステリッドがジョッキを掲げてくる。さっきやったばかりなのに、また、やることになんの意味があるのか?
「――へへへ、このエール、ちょっと上等なんですって。とても飲みやすくておいしいですねぇ~」
アステリッドはすでに上機嫌だ。
「ああ、そうだな。たしかにうまい――」
と、リーンアイムもつられて頬が緩む。
「リーンアイムさんも、そのうちここの船の人とお友達になれますよ、きっと――」
「おともだち?」
「はい。この船の人たちみんないい人ばかりですから、私もすぐに打ち解けましたし――」
「ふむ――」
「お友達」か――。
我はこの新しい人類種を「友」と思える日が来るのだろうか――。
(――だが、この空気感は、悪くない――。エルザ……すまない、我は今、とても「楽しい」という気分に満ちている――)




