第545話 海は船乗りの故郷
楽屋にはすでにキールの父ヒュリアスティ・レリアルが到着しており、父と息子は久しぶりの再会を喜び合った。
その後、楽屋に通されてきた国王と王女、アーノルド王子と出会うと、レオローラが一同を紹介してゆく。もちろん、キールのことは「友人」として紹介される。
「キール・ヴァイスです。お目にかかれて光栄です」
「そなたが『稀代』殿――。こちらこそ、お噂はかねがね聞いていますよ?」
と、国王ゲーレン・レクスアースが応じた。
「それに、アステリッド殿――。メストリル王国でも高名なコルティーレ家の御令嬢、しかも、最近はオリジナルブランドも立ち上げられた有名デザイナーでもあられる。我が国でも、プールを建造する貴族家が増えております。こんなにお美しいお嬢様だとは――」
と、アステリッドのこともご存知の様子だ。
その後、ウィリアム王子も挨拶を交わし、弟アーノルドとステファニー王女との婚約の儀につき言及すると、国王も嬉しそうにこれに応じ、
「アスロート王にはまた後日正式に申し入れを行おうと思っています。これを機に、両国のよりよい関係を構築していければと考えております」
と、締めくくる。
ステファニー王女とアーノルド王子はやや緊張しながらも、その距離感がほど近いことを見て取ったレオローラが、
「両人とも国の宝とも呼べる、素晴らしい若者ですね。お二人の未来に幸多きこと、このレオローラも祈念いたしております」
と、口上を述べ、この場はそれにてお開きとなった。
アーノルド王子は国王やステファニー王女と共にこの場を辞し、ウィリアム、いやワイアットは非公式ゆえにキールと共に行動するという事になりこの場に残った。
「ところで、キール、西の海へはいつ出航するんだ?」
と、ヒュリアスティが問う。
「ああ、明後日の朝だよ。そこから一週間から10日ほどは海の上だね」
とキール。
「リディ、この子のことお願いね。あなた、『稀代』の右腕になるんでしょ? しっかりね?」
とは、レオローラだ。
やはり、案の定、アーノルド王子は、女魔術師フローレンと母が同一人物だとは気が付かなかったようで、どうやら王女か、王女と国王の企みはうまくいったと言えそうだ。
「アーノルドには悪いが、その話は黙っていよう。まあ、それほどに王女がアーノルドにご執心というのなら、別に悪い話でもないさ――」
と、ワイアットも薄笑いを浮かべる。
やはり、この男の胡散臭さは尋常ではない。
この間言ったワイアットの「ギフト」が「胡散臭さ」なのではないかという話、あながち間違ってはいないのではとキールは本気で考えてしまう。
「きっかけは何でもいいのよ。大事なのはこれから先の二人の心よ。ステファニーの目を見る限り、アーノルド王子に対する想いは真剣よ。それは私が保証するわ」
と、レオローラが太鼓判を押す。
「私も、そう思います!」
と、なぜかわからないがアステリッドも張り合う。
まあ、女性二人にそう言われれば、ステファニー王女の心内に迷いはないものとみて間違いないだろう。
この御時世、他国の王家に嫁ぐなどという決断はなかなかに性根が座っていないとできないものだ。
「――初めは、ステファニー王女からの相談だったのよ。でも、もし何か手違いがあったら問題になるじゃない? それで、ゲーレンちゃんにも打ち明けたのよね。こういう事だけどどうする? ってね」
と、事の次第のすべてを語るレオローラ。
まあ、いまさら聞くまでもない種明かしだが、やはり、国王も裏で一枚噛んでいたということだ。
国王としては、可愛い娘がそこまで想うのならなんとか成就させてやりたいものだが、相手《アーノルド王子》の気持ちが推し量れない。そこで、レオローラの話に乗ることにしたというのが事の顛末だった。
とにかく、これで、婚約ということになれば、その後ゆっくりと支度をすればいい。ステファニーが思い余って、国を抜け失踪するなどという最悪の事態だけは防ぎたかったというところだろう。
「――大丈夫です、レオローラさま。弟は義理堅い奴です。きっと王女を一生かけて愛し抜くことでしょう」
と、ワイアットがこれに応じて、この話はここまでとなった。
結局、日帰りでローベに戻る予定だったのが、夜も更けてきたため、出立は明朝にしようということで一同も公演会場を後にする。
今晩は公邸に戻り、明朝、朝食後にローベへ戻るということで決した。
翌朝、リーンアイムの背に跨り、ローベへと帰国の途に就いた4人は、昼前にはローベに到着。
さすがに明朝の出航に向けての準備もある。
ワイアットも一旦は王城に戻るということで、明朝港に送りに来ると言って去っていった。
「船長! 積み荷の最終チェックは終わってるぜ? 今日は最後の陸だ。皆に休暇をやろうと思うんだが、かまわないか?」
船長室に入って来た副長のミューゼルが言った。
「――そうだな。船には一応見張りを交代で立ててくれ。あとは、好きにしてていいよ?」
「あいさー。わかってるって。じゃあ、皆にそう伝えてくる――」
ミューゼルはそう言うと駆け出して行った。
「皆さん、本当に楽しそうにしてますよね?」
とは、アステリッドだ。
「どうだろうね。皆にとってはこの船が家で、海が故郷みたいなところがあるのかもね」
「故郷――か。我らにはそういったものが既に無いからな。無いより在るに越したことはない」
と、リーンアイムが珍しく淋しそうに零した。




