第543話 レオローラの内緒話
そんな話をしているうちに、時間は昼を過ぎてしまう。
今夜の公演は午後17時からだ。
「えーと、つまり4人ね。キール、もちろん母さんの舞台を見ていくのでしょう?」
というレオローラの質問に、
「別にいいよ」
と、即答するキール。
「あら、照れちゃって。そうそう観れないんだから、今日は観ていきなさい。あ、そう言えば、この国の王様とはもう面識はあるの?」
この唐突な質問に、キールは一瞬戸惑った。そりゃあ、結構いろいろと顔を出してたり、関わったりしてるけど、すべての国家の国王や重臣と面識があるわけではない。
「そんな、あるわけないだろう? 母さんは僕を何だと思ってるのさ?」
「『稀代の魔術師』でしょ? あちこちの国家に関わってるって翡翠さまから聞いてるわよ?」
翡翠か――。しかし、どのタイミングで、翡翠や英雄王と面識を持ったのだろうか?
キールの行動予定について情報を貰っていると言っていたが――。
キールは疑問に思ったが、敢えて聞くまでのことでもないだろう。なんと言っても、彼女は『演劇界の女王』と呼ばれるほどの有名人だ。むしろ、名声値で言うなら、『稀代』と比べても断然知名度が高いことは間違いない。
「――この国に来るのはほとんど初めてだから……。この国の王様とももちろん面識はないよ」
と、キールは素直に答えた。
「――そうなのね。じゃあ、ゲーレンちゃんに、今晩紹介するわね。あ、それともその前に王城へ行くつもりなのかしら?」
と、レオローラはウィリアム王子の方に視線を投げかけた。
「いえ、会談の申し入れはしておりませんし、この後は当家の公邸へと行くつもりでしたが――」
と、ウィリアムがレオローラの質問に応じる。
「まさか、公演を観覧するなんて考えてもいませんでしたから。公邸へ行って、弟が足止めを食っている理由を確認しようと思っていました」
と、続ける。
「アーノルドさまですわね。そうか、まだ何も聞かされていないのですね。それじゃあ、少し内緒話をしておく必要があるわね――」
「内緒話――ですか?」
「ふふふ、実はいろいろと在ったのよ、この数日の間に、アーノルド王子とステファニー王女の間でね。そこに少し噛んでいるのだけど――。まあいいわ。とにかく私がアーノルド王子のことを知っているのは内緒ってことでよろしくね。あとは、アーノルド王子から話を聞けばおおよその察しはつくでしょう――」
と、レオローラはあくまでも要点だけを述べるにとどめることにした。
詳細をくどくどと話しても、余計に面倒なことになるだろうと考えてのことだろう。
「母さん、もしかして、さっき言ってたゲーレンちゃんって――」
とキールが念のために確認を取りに行く。
「ええ、もちろん、この国の王様よ。実は先王さまとは昔馴染みでね。現王のことも小さい時からよく知っているのよ。もちろん、第一王女のステファニーさまもね。今晩も観覧にいらっしゃるだろうから、その時に引き合わせるわ。もちろん、友人として、だけど。一応ほら、私って未婚って設定だからね? いまさら、あなたみたいな息子がいるって吹聴して回れないじゃない? ああ、残念だわぁ。まさかあなたがこんな高名な魔術師になるなんて思ってもみなかったから、自慢し損ねちゃったじゃない?」
と、レオローラはつらつらとふてぶてしく言う。
別にあんたが勝手にそういう設定にしただけだろう? 自分の都合でそうしておいて、いまさら残念がられても、自分の所為でも何でもないとキールは腹立たしく思うが、そんなことをここで言ったところで、何にもならないどころか、皆に大人げないと思われてしまうだろう。
だからキールは、あえて、落ち着いた口調で、
「それはそれは残念でしたね? 自慢の息子が高名な魔術師だと紹介できなくて――」
と、厭味を言う程度に止める。
結局、レオローラと4人の面会はここまでとなった。
さすがにレオローラも公演に向けての準備を始めなければならない。
そこで4人は一旦この場を辞し、夕方改めて講演会場に足を運ぶということでレオローラと別れた。
「それじゃあ、付き合わせてすまんが、公邸の方へ向かおうか」
というワイアットの提案に頷いた3人は、ワイアットが先導する形でキュエリーズの公邸へと向かった。
公邸に到着し、一同は応接室へ入る。
公邸の執事たちが現在の家主、アーノルド王子に4人の到着を報せに行ってくれている。
「キール、さっきのレオローラさんの話だが――」
とワイアットが小声で、話し始めた。
「どう思う?」
「おそらく、これから聞くことになるだろうアーノルド王子の話の中に、何かヒントがあるだろうね?」
「だよな――。皆にも伝えておくが、取り敢えずレオローラさんの話は黙っていよう。彼女にも何か都合があるのかもしれん」
「そうしてくれるとありがたい。あの人の口調からして、結果的にその方がいいって話だと思う。あんな母だけど、人に危害や損失を与えるような人じゃないから」
と、キールがまとめて、アーノルド王子の到着を待った。




