第542話 レオローラとリーンアイム
レオローラの言葉に、ここにいる皆に緊張が走った。ただ一人、当人を除いては、だが。
レオローラは、リーンアイムを見据えたまま、言葉を待っている。
キールが慌ててとりなそうとした時、それより先にリーンアイムが口を開いた。
「我、か?」
「ええ、あなたよ。あなた、人間――レントじゃないでしょう?」
レオローラが詰め寄る。
レオローラが「人間」を「レント」と言い換えたのにキールは少し驚いた。
この「レント族」という言葉は、そもそもエルルート族が自分たちと違う「人類種」であるものを区別するために使っていた語句だ。これまで人間たちは自分たち以外に人類種がいるなどと知らずに生きてきた。なので、自分たちを「人間」と呼称するのが一般的だ。
なのに、レオローラがその語句を使っているということは、随分とエルルート族たちの認知が広まっていることを表しているとおもったからだ。
「ふむ、ご母堂はなかなかに目がいいと見える。いかにも我は「人間」ではない。この姿は魔法によって作り出した仮の姿だ」
「魔法――。仮の姿って――」
「か、かあさん、こいつ、あ、この人は、リーンアイムって言って、実は、ドラゴン族なんだ」
と、ようやくキールが説明する機会を得る。
「ドラゴン族――? って、ええっ? ドラゴン? あの、ミリアさんが乗ってるっていうアレ?」
と、レオローラ。
どうやら、「騎竜魔導士」の評判についてはレオローラも知るところのようだ。
「そうそうそう! ほら、あんな形じゃ、街は歩けないからね、それでちょっと細工を、ね」
「まあ、私はまだその姿を見たわけじゃないからよくは知らないけど、聞くところによると、とても大きなトカゲに翼と手足が生えているって――」
「トカゲだと? ご母堂、トカゲはあんまりではないか――」
「あ、ごめんなさい。でも、みんなそう言ってるわよ?」
「なんと――。ううむ。トカゲとは――。我らドラゴン族はたしかに人類種とは明らかに違う形態をしておるが――。そうか、トカゲ、か――」
と、「トカゲ」といわれたことに相当ショックを受けるリーンアイム。
その様子を見て、キールはなんとか空気を引き戻そうと試みる。
「母さん、よくリーンアイムが人間――レントじゃないってわかったね? 街の人はまったく気が付かなかったよ? どうしてわかったのさ?」
と、間に入ってなんとか場を取り成そうとする。
「まあ、強いて言うなら、「人を見る目」ね。何となく、そんな気がしたのよ。それ以上に説明しようがないけど――。それで? 私はまだ答えを聞いていませんよ、リーンアイムさん?」
せっかくとりなそうと試みたキールの質問を、一気にひっくり返してしまうレオローラ。やはり、息子は母には勝てないのか。
「あ、あの、レオローラさん、リーンアイムさんは――」
と、間に入ろうとするアステリッド。だが、この空気を読めない二人には周囲の者の心持などどうでもいいようで――。
「我は、この小僧に興味を持つに至った。現代の人類種を滅ぼすかどうか、それを見極めるために今ここにいる」
と、まさしくそのままを告げてしまうリーンアイム。
「人類種を滅ぼす? キール! いったいどういう事よ! 説明なさい!」
レオローラはとうとうキールに怒鳴りつけてしまった。
――――――
キールから、ある程度掻い摘んだ説明を聞いたレオローラは、今すぐどうこうなるものではないことを理解した。
ドラゴン族は原初の生命体で、この世界をずっと見てきたということも知った。
過去の人類種の所業を聞き、ドラゴン族との闘争「100日戦争」とその悲惨な結果を聞いたレオローラは、とても哀しい気持ちになった。
正直、過去の人類種が有した科学の力と言うものがどういうものかは理解が及ばないが、最近話題になっている『発電機』や『通信装置』、それに各都市で見かけるようになった『街灯』などを見るに、この先想像もできないような様々なものが生み出されるのは間違いないだろう。
レオローラ自身、自分の劇団の公演に、あの『街灯』を照明として利用できないかと考えていたほどだ。
話を戻そう。
つまり、リーンアイムがキールと共にいるのは、将来的にレントとエルルートがどのような発展を遂げ、その発展がこの世界に与える影響を見極め判断する為、ということらしい。
(それなら何も問題はないわね――。だって、キールの周りには素晴らしい人たちが集っているわ。この子もこの子の仲間たちも、間違った道を選ぶはずがないもの――)
と、少し親バカ的な思考を取ってしまうところはただの「一人の母親」である証だろう。
「話は分かったわ、キール。リーンアイムさん、少し警戒してしまって申し訳ございませんでした。失礼をお詫びいたします。――ですが、リーンアイムさんが危惧するような未来はこないと思います。それはこの子の母として断言できますわ」
と、レオローラがリーンアイムへと告げる。
「我も、そうであればよいと願っておる。「100日戦争」のような結果は我も望んであらぬでな――」
と、素直にかえすのはリーンアイムだ。
リーンアイムたちドラゴン族も種族消滅の危機的状況に至っており、おそらくのところ今後の種族繁栄は絶望的である。
そのことを知ったレオローラは、彼らに深く哀悼の意を持つに至った。
「かつての人類がどんなものだったか私にはわかりません。ですが今私たちがここでこうして生きているのは、あなた方ドラゴン族の勇気ある行動の結果でありますでしょう。リーンアイムさん、この世界を救ってくれてありがとうございました」
これは、別に戦争を肯定した言葉ではない。
――守るものがあり、その為に戦う。
それは生命体であるすべてのものの摂理だ。
レオローラのこの言葉は、ただ、その結果に恩恵を受けているものとしての「礼」である。




