第541話 レオローラの目
「キール! どうしちゃったの急に!?」
レオローラは突然の息子の来訪に目を丸くして驚いた。
レオローラの劇団「紅花歌劇団」の面々は、もちろんレオローラとヒュリアスティの関係を知っているし、キールの存在も知っている。
劇団メンバーの一人から、楽屋でキールが来たことの報せを聞いたレオローラは、慌てて表に駆け出すと、愛しい息子の姿を見て、声を掛けたのである。
(前に見た時よりも精悍さが増して、もういっぱしの男性ね。若い時のヒュリアスティにほんとよく似てきたわ――)
と、久しぶりに見る我が子をしばし眺める。
「――どうしたじゃないよ! 母さんたちはいつもそうだ。せめて今どこにいるかぐらいは常に報せてよね? 僕だっていつまでもメストリルにいるわけじゃないんだ」
と、キール。
「――ごめんなさい、急に公演が決まっちゃって――って、いいわけは無しね。これからはそうします」
と、レオローラはわざとしおらしく言って返す。
「――まあ、べつに手紙をくれって言ってるわけじゃない。公演地の予定ぐらいは報せられるでしょ? 母さんの公演に合わせて父さんも行動しているんだから、さ」
そう返す我が息子のいじらしさよ。
なんだかんだ言っても、まだまだ父母は恋しいと見える。
「そうね。あなたもお仕事忙しいんでしょ? もう西の島に行ってきたの? それにしては早いわね――」
と返してやる。
実は、レオローラの方はキールが今何をしているかについての情報を持っている。
もちろん詳細まではわからないが、おおよそ今どのあたりにいるかということぐらいは「知らされている」。
「――な!? どうしてそれを!?」
驚く息子の顔が愛らしい。
「翡翠様と英雄王様の計らいでね。あなたがいまどのあたりにいるかということぐらいは知らされているのよ。まあ、おおまかに、だけどね?」
「なんだって――」
レオローラはこれ以上ここでやり取りしてても、話が進まないと考え、話題を変えることにする。
「――まあ、リディ。お久しぶり。相変わらずうちの息子がお世話になっているようね。いつもありがとうね。それにしても、あなたの評判も、結構なものよ? 『MItuHa』が仕掛けているプールと水着、それからフィットネスジムの噂は結構メストリル以外の国でも耳にするようになってるわよ?」
と、キールのすこし後ろに控えていたアステリッドに声を掛ける。
「お久しぶりです、レオローラさん。おかげさまで、少しずつ認知度が上がっています。ですが、最近の功績は私のものではなく、メストリルの仲間たちのものです。私は最近あまりブランドに手を掛けていませんから――」
「そうなのね。でも、それだけの仲間がいるのは間違いなくあなたの力よ、自信を持ちなさい――。えっと、そちらのお二方は、はじめてお目に掛かりますね。キールの母、カーラ・ヴァイスと申します。いつも息子がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
と、今度はアステリッドの隣にいる二人の男性に声を掛ける。
一人は胡散臭そうな神父、もう一人はその神父と同年代ぐらいの冒険者風の男だ。
レオローラは、あくまでも「カーラ・ヴァイス」として挨拶をする。
「――お初にお目に掛かります、ウィリアム・フォン・キュエリーズと申します。キールさんとは運命的な出会いの末、今では親友の交わりをいたしております」
と、ワイアットが畏まって言った。
「キュエリーズ……。あら、もしかして、評判の第一王子様?」
「なんで、そこ、「ウィリアム」なんだよ? 「ワイアット」でいいだろう?」
返すレオローラの言葉に被せるように、キールがワイアットに突っ込む。
「――いいじゃねぇかよ。うだつの上がらない神父だと思われるより、王子が訳あってこういうなりをしていると思ってもらいたいだろう?」
「お前はうだつの上がらない神父の方が地だろうが――」
「うるさい、キール、少しは口をだな――」
と、ウィリアムとキールの二人の言い合いが始まる様子を見て、レオローラは、確信する。たしかに、いい関係を持ってもらえてるようだ。
自ら親友であると公言するのだ。ならば、キールに対して力になってくれるだろう。
「はいはいはい、わかりました。ウィリアム王子、いえ、ワイアットさん、これからもキールと仲良くしてやってくださいね?」
と、母親らしく、ワイアットに頭を下げた。
「――あ、そんな、頭を上げてください。世界一と言われる大女優さまに比べれば私など――」
「いえ、私はあくまでもキールの母として頭を下げています。ですので、ワイアットさん、どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、はあ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
よし、これで「ワイアットさん」も引き込めただろう。
最後は――。
(ん? この人――、もしかしてエルルート? いや、ハルちゃんや翡翠様とは少し違う雰囲気が――)
レオローラは、そのもう一人の男性に違和感を感じた。
姿はたしかに人間の形をしているのだが、内面に人間ではないような異質なものを感じる。
これまでに多くの人たちを見てきたレオローラは、人を見る目がそれなりにはあると自負している。だからこそ、「ワイアットさん」を警戒せずに受け入れたのだ。
だが――。
「失礼ですが、あなた、どういった理由でキールの傍にいるのですか――?」
レオローラは、少し警戒感を匂わせるようにあえて言葉を選んで話しかけた。




