第540話 キールたちはレクスアースへ飛ぶ
クルシュ暦372年3月8日朝――。
キールとアステリッドとワイアットの3人は、リーンアイムの背に跨り、隣国レクスアースへと飛んだ。
目的はレオローラ、つまり、キールの母親がレクスアースで演劇の公演中ということで、劇場へ行って、少し顔を見るだけだ。
もちろん、公演チケットなどは持っていないため、演劇自体を観覧することはできないが、キール自身は「演劇」に今日もがあるわけではないので別に構わない。
「――それで? どうしてお前まで付いてくるんだって?」
「実は、昨日会談の後にアーノルドからの早馬がまた届いてな。訳あって、レクスアースの王女と仮婚姻をすることになったとか――。さすがに、早急に状況を確認する必要があるだろう?」
「はあ――、別にいいじゃないか、隣国の王女と王子が婚姻するんだ。両国の発展と和平の為には願っても無いことだろう? それともなにか? 二人が想い合ってるのに認めないとかいうつもりか?」
「――いや、そういうつもりじゃないが……」
キールの質問に対しワイアットが口ごもる。
「ワイアットさんは、ただレオローラさんに会いたいだけじゃないんですかぁ?」
とは、アステリッド。
「うぐっ――。ま、まあ、キールの母親だというのなら、挨拶も必要だろう?」
と、ワイアットの返答は歯切れが悪い。
キールは、「こいつもか」と思う。
これまでにも何人か、こういう反応をしているからさすがに慣れてくる。
実は、街を歩いている時ワイアットにばったり出くわし、今に至る。まあ、事の発端はアステリッドが、レオローラさんに会いに行くんですよ、と漏らしてしまったためなのだが……。
「――まさか、あのレオローラ・ジョリアンがキールの母親だなんて聞かされて、しかも、今から会いに行くと聞けば、こうなるだろう?」
と、ワイアット。
まったく、世の中の男どもはどうしてこうも、レオローラ、レオローラと――。
キールにはそれが不思議でならない。
確かに、自分の母親ながら、そこそこ美人だとは思う。しかし、『絶世の美女』かと言えばそうでもないはずだ。
おそらく単純な美しさという面ではもっと美しい女性はいるだろう。
なのに、世の男どもは皆一様に、レオローラ・ジョリアンのファンだと言わんばかりの高確率である。
「――まあ、なんだ、昨晩届いたアーノルドからの書簡によると、二人のことについては向こうの国王もすでに公認しているって言うんだ。それで、昨日も歓待を受けていて、帰国の途に就けなかったと。しかも、今日は今日で、レオローラ・ジョリアンの公演を観覧に行くことになっているらしい――」
と、ワイアットが釈明を続ける。
「アーノルドさんなら、それぐらい気に入られてもおかしくないだろうな。兄貴と違って、好青年だし、性格もいいからな?」
「――まあ、そこは別に否定せんさ。国王にふさわしいのはアイツの方だと、俺も、前々から言っている通りだ。だからこそ、早めにゲーレン国王と会談しておく必要もあるってことだ」
おそらくワイアットは、そのことを事前に伝えるつもりなのだろう。
相手がアーノルドさんを、「第二王子であること」を婚姻を認める理由としているなら、期待を裏切ることになると、そう考えているのだろう。
まだ、先のことかもしれないが、おそらくのところ、ワイアットは父王の崩御と共に跡を継ぎ、国政が落ち着いたところで身を退き、王位を弟のアーノルドに譲るつもりでいる。
そうなった時、ステファニー王女は、キュエリーズ王妃となり、キュエリーズの国家を代表する身分となるわけだ。
隣国の王妃となり、もし戦争となれば、ステファニー王女は実家であるレクスアース王家と敵対するということにもなりかねない。
「たしかに、お前の気持ちはわからないこともないけど、そんなこと、そうそう起きることじゃないだろう? 俺には、両国が手を携えて今よりさらに繁栄する姿しか思い浮かばないけどなぁ」
と、キール。
「――そんなに甘い話じゃないんだよ、キール。国と国というのはな――。王家は国家の象徴だ。人民の総意を表すものなんだ。個人の想いだけではなかなかに思うようにはいかないのさ……」
と、珍しくワイアットが真摯な声色で言った。
キールは王族ではない。しかも、キールのよく知る国王、『英雄王』は、国王でありながら自由気ままに振舞っているのを見てきている。
しかしながら、その『英雄王』は「一代王」で、しがらみと言うものの枠から外れている人物だ。
綿々と続く王家の血筋と言うものが、どれほど思い枷を背負っているのかは想像もできない。
「――そうか。きっと、そうなんだろうな。悪かった、軽口が過ぎたみたいだ」
と、キールは素直に謝罪する。
「いや、お前の言う通りなんだ、キール。どんなに重い枷を背負ってようが、それを突っぱねる強い意志と、それを支える基盤が王には必要だ。メストリルの『英雄王』や、ヘラルドカッツのカーゼル王のようにな――。あの方たちは本当に素晴らしき王だと、俺はそう思っている」
キールは意外だった。
ワイアットはどこまでも「ワイアット」だとそう見える節が多くあったが、このように他の国の国王を見ていたとは。
やはり、王族とはそういうものなのだろうと、改めて思いなおしていた。




