第539話 そして「終幕」は意外な展開に?
クルシュ暦372年3月6日――。
キュエリーズで会談が行われる前日となる。
この日、アーノルドは朝、帰国の途に就き、キュエリーズへと戻る予定だった。
明日の夕刻にはクリストファー・ダン・ヴェラーニ教授との会談の予定が入っている――。
ところがだ――。
その日の朝早く、朝食を採っている時間に、王城から書簡が届けられた。
ゲーレン陛下がどうしても聞きたいことがあるというのだ。
(――やはり、このままで終わることは出来ないか……)
おそらくは昨晩の王女誘拐の一件だろう。
目の前で王女を攫われるという失態を犯してしまった以上、こういう事態は一応想定してはいた。
場合によっては、命を懸けて謝罪しなければなるまい。
「書簡をしたためる。すぐに早馬をだし、兄上に届けるよう手配してくれ――」
「殿下――?」
側近の一人が、心配そうに様子を窺ってくれる。
「どうやら今日ここを発つことは出来なさそうだ。私は王城へ行かねばならない――」
アーノルドは手早く朝食を済まし、再度正装に着替えると、すぐに王城へと向かったのだった。
「アーノルド王子――。朝早くからお呼び立てして申し訳ない。昨晩は我が娘の危機をお救い下さり、本当に感謝している――」
ゲーレン国王の第一声はそれであった。
「は、もったいないお言葉、痛み入ります。しかし、私は何もしておりません。むしろ、目の前で王女を攫われるという失態を演じてしまいました。かくなる上はどのようにご処断されても申し開きできないと心得ております――」
「父上! アーノルドさまは何も悪くありません。賊に攫われたのはすべて私の不注意によるものです。アーノルドさまはそんな私を一人で救い出さんと、賊の前に身をさらけ出したのです。むしろ、お叱りを受けるのはわたくしの方です。キュエリーゼの民たちに私は申し開きが出来ません!」
ゲーレン国王は両腕を上げて、二人を制する。
「つまりは、ここは双方に非在りということで、不問ということだ。それでいいのだろう? フローレン?」
その言葉を聞いた女魔術師が、柱の陰から姿を現す。
「レ、あ、フローレンさま? どうして――?」
ステファニーは動揺した。ここに彼女がいるなどとまったく予測していなかったからだ。
「あなたは、昨晩の――」
と、アーノルドは恭しく一礼する。
「――陛下。私がお話しした通りです。今回の件、アーノルドさまの潔さ、ステファニーさまの強き想い、私は心を打たれました。それで、老婆心ながら、つい、横槍を入れてしまったのです。ですが、私が手を出さなかったとしても、アーノルドさまはステファニーさまをお救いになられていたことでしょう。男女が互いに想い合う心は美しいものです――」
と、フローレンが進言する。そして引き続き、
――ですが、と、口上を続ける。
「――それが一国の王家の者であるとなれば話は別です。王族の御身は自分自身だけのものではありません。情に流され、無謀な賭けに及ぶなど言語道断です。たとえ恋焦がれるもの同士であっても、その情のみに流され行動を起こすのは、如何なものでしょう?」
「「あ――」」
と、二人の嘆息が重なった。
「――たしかに、フローレンの言う通りだな。さて、どうしたものか――。何か良い考えはあるか、フローレン?」
「――つまりは、まだまだ経験が足りないということ……」
と、フローレンが応じる。
「この際、この二人の先々の為、正式に婚約を決め、両王家で手を携え、お二人に王族の在り方をしっかりと教育するというのはいかがでしょう?」
「――なるほど、それはいい考えだ。アーノルド王子、いかがか?」
と、ゲーレン国王が問いかける。
「――私といたしましては、返す言葉がございません。しかしながら、王女殿下を想う気持ちに偽りは在りません。陛下さえお許しいただけるのなら、王女殿下との婚約をお受けいたしたく思います」
と、アーノルドが答える。
「ふむ。まあ、そなたも自国に帰ってその件を話す時間も必要だろう。ここは、こちらの意向はそれで固まっていると、そうお伝えされるがよい。その上で、正式な婚約の儀を進めようではないか。それで構わないな、ステファニー?」
ステファニーはただ、こくこくと首を縦に振り、顔を覆い、肩を震わせている。
(――ほんと、可愛いわねぇ~! このぐらいの女の子の一途な想いというのは! でも、それだけじゃまだまだ一人前とは言わないのよ、王女殿下――)
フローレン、いや、レオローラは二人の様子を見てそう思う。そして、ゲーレン国王に目配せを飛ばすと、国王も満足そうに口角を上げた。
結局、ステファニーとアーノルドの婚約は現段階では非公式の形で決定した。後日、キュエリーズ国王の認可を経て、正式に世界へと公表される手筈となり、この場はこれにて、区切りとなった。




