第538話 劇団「ステファニー」初公演!
「言われた通り来てやったぞ! その女性を放してもらおうか!」
アーノルドは納屋の外柱に括り付けられている王女を見て怒りが沸き起こる。
しかし、対する「魔術師」は素知らぬ風を装いながら、言い放つ。
「威勢がいいね。自分の状況をよく理解していないと見える――。お前ら――!」
その声に合わせて、納屋の中や陰からわらわらと賊たちが現れる――。数は――5人。「魔術師」を合わせて6人か――。皆、覆面をつけて、顔の半分以上を覆っている。
アーノルドの腰にはショートソードが差さっているが、おそらく、それを使わせてはくれないだろう。
案の定――。
「――おい王子さま、威勢だけでは勝てないぜ? なんてったってお前は丸腰なんだからな――。さあ、剣をこちらに渡してもらおうか――」
アーノルドは、言われたとおり、剣を腰から外すと、その「魔術師」の前に放り投げた。
「約束だ――。剣はお前らにやる、その人を返してもらおう――」
「ふ、約束か――、そうだな、約束は守らなきゃな? だけど、ただで愉しめると思ってた「女」を解放するんだ。タダというわけにはいかないだろう? その分は、帳尻を合わせねぇとな?」
「――いいだろう。好きなようにすればいい。その代わり、その人には一切手を出すな。もし約束を守れなかったその時は、私は地の果てでもお前らを追い詰めてやる――」
そう言って、アーノルドは直立し、目を閉じる。抵抗するつもりはないという意思を示すためだ。
賊たち5人がアーノルドを取り囲む。
「ま、待ってください! やめて! アーノルドさまを傷つけないで!」
今まで黙っていたステファニーが突然叫んだ。
「――ほう、どうして止める? 別に殺しはしない。少し痛い目を見てもらうだけだ。追ってこられたら困るからな。 あんたはただ黙って見ているだけでそれで終わりさ。縄も解いてやるし、王子様とも帰れる――」
「い、嫌です――!! アーノルドさまが傷つけられるのを黙って見てはいられません!」
「いいんです、ステファニーさま。私のこの身など、あなたに比べれば、どうという価値もない――。さあ、どうした? やらないのか?」
「アーノルドさま――。私、あなたをお慕いいたしております、だから、どうか――」
「ステファニーさま? ですが、私とあなたでは――」
「年齢など、大した問題ではありません!! 私はあなたと共に生きたいのです!」
「ははははは! なんてこった、この色男め。そういうことなら先に言ってくれよ? おいお前ら、これで遠慮する必要は無くなった――、徹底的にぶちのめしてやれ!」
アーノルドはとうとうその時が来ると、覚悟し、歯を食いしばる。
やめて! というステファニーの声が響いた。
「待ちなさい!! 『火炎』――!!」
突如として、別の女の声が響いた。声は麗らかで、そして気品に溢れている――。
ごおおう――!
と、アーノルドの目前に火の柱が沸き起こる――。
「なっ!? 『水成』――!」
慌てた「魔術師」が即座に詠唱すると、火柱の上に水がどばあっと降り注いだ。
治まった火柱を横目に、その「魔術師」が叫ぶ――。
「何者だ――!?」
アーノルドも驚いて「魔術師」の視線の先つまり、自分の背中の方へと視線を向ける――。
「さすがにこの状況を放っておけなくてね――。こんなドラマ的展開に遭遇して、見過ごすってわけにはいかないでしょ?」
「お前! 魔術師か!?」
「フローレンさまぁ!? どうしてここに!?」
ステファニーが叫ぶ。
「ステファニーさま、お久しぶりですわね? フローレン、ただ今帰還いたしました――」
「――ええい! 良く分からんが、お前、状況を分かっているのか!? こちらには女がいるんだぞ!?」
と、「魔術師」が叫ぶ。
「――無駄よ、さあ、あなたたち、ステファニーさまを解放しなさい――」
そう言って、フローレンと名乗った女が、さっと短杖を掲げる。
すると、アーノルドを取り囲んでいた5人が囲みを解いてアーノルドの周りから去り、ステファニーのところへ行くと、縄を解き始める。
「――ま、まさか!? そんな!? 精神支配術式だと?」
と、「魔術師」が叫ぶ。
男たちは縄を解くと、ステファニーをフローレンという女魔術師のところへと連れて行き、その場に5人とも両膝をついた。
「くぅ!! お、お前らしっかりしろ――!」
フローレンはゆっくりと歩むと、アーノルドの脇を抜け、剣を拾う。そして戻ってくると、
「さあ、ステファニーさまを連れて、お離れください。ステファニーさまにこの後のことなど見せたくはありませんから――」
と、告げた。
「あ、ああ、だが――」
「アーノルドさま、大丈夫です。フローレンさまなら問題ありません。行きましょう――」
「そうですか。わかりました。それではフローレン殿、失礼いたします――」
そういうと、アーノルドとステファニーは納屋をあとにする――。
数十秒後――。
納屋の周囲にいたものたちの姿が、暗さで判別できないぐらいの位置まで離れた時、納屋の周りに大きな火柱が立つのが見えた。
「アーノルドさま、本当にありがとうございました――。あ、さっきのことは忘れてください――。私の勝手な想いですから――」
「ステファニーさま、本気なのですか? あ、あの、言葉のことですが――」
「え――? ええ、もちろんです。私はあなた様をお慕い申し上げております。もし、アーノルド様さえよければ、私を娶っていただけませんでしょうか?」
「いや、しかし、陛下がなんと言うか――」
「父にはすでに話しております。しかし、相手の想いもあるだろうと――」
「――そうですか。私の想い……。私としては、こんなに光栄な話はございません。もし叶うなら、是非、あなたと婚姻したく思います。今すぐでなくとも構いませんが――」
「年齢、ですか?」
「あなたはまだお若い――。陛下のもとから引き離すのは忍びなく思います」
「でしたら、父が許せば、いいということですわね?」
「――はい。それなら何も問題はありません」
城門近くまで戻ってくると、さすがに様子を気にした者たちが迎えてくれた。
どうやらなんとか無事に王女を救うことができたようだと、アーノルドは胸を撫で下ろした。




