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お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。  作者: 永礼 経


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第534話 『天才』アステリッド・コルティーレ

 会談の翌日――。

 出航を数日後に控えたキールパーティのメンバーたちは、しばしの陸との別れを告げるため、ローベの街を散策していた。


 出航時刻は、4日後の朝8時と決定している。


 キールたちはローベを出港した後、一路、西へと直進する。

 向かう先は、ユニセノウ大瀑布だいばくふだ。


 この、西の海に浮かぶ、奇怪な島は、遠目からでもその大瀑布が眺められるというほどの大滝を、島の中央に構えているのだが、もちろん、その滝の上部はどうなっているのか未だ定かではない。


 今回の航海ではそのあたりの記録もしっかりと取ることになるだろう。


(ああ、こういう時に、「カメラ」があればなぁ――)


 と、キールが思わず無いものねだりをしてしまう。


 もし「カメラ」があれば、リーンアイムの背に乗って上空から撮影して、それをそのまま見せるということが出来るのだが、現在のこの世界にそのような機械は発明されていない。


(ボウンさんの総覧にも乗ってなかったしな――。魔法でどうにかなるものでもないのかもしれない)



「あ、そうだ――。言いそびれてたんですけど、私、ちょっと、すごいことが出来るようになったんですよ、キールさん。聞いてくれますか?」

 

 アステリッドが、小麦粉を練ってふんわり焼き上げたもので小豆を甘煮にしたものを挟んだ食べ物、いわゆる「どら焼き」を頬張りながら、唐突に言い出した。

 アステリッドの隣で、リーンアイムもランカスターもレックスもそれに没頭している。


「すごいことって何だい? アステリッド」

キールは反射的に質問を返す。


「えと、言うより見てもらう方が早いと思うんで、やって見せますね?」


「やって見せるって、ここでかい?」

「はい、行きますよ――。 『氷塊アイスボール』――」


 言うなり、アステリッドは自分の手のひらに、小石大の氷の礫を生成して見せた――。


「――――!!」

「キールさん、分かりました? これ、練成「1」で出来たんですよ?」


「――合成魔術……。なんてことだ――。本当に可能だなんて――」

「合成魔術――?」


 『氷塊』という魔術式は、「水成アクア」+「氷結フリーズ」という二つの術式の錬成魔術式である。

 使用する魔素は二つ。「みず」の魔素と、「かぜ」の魔素である。


 本来であれば、「水」の魔素を根源とした「水成アクア」という魔術式で生み出した『水』を、「風」の魔素を根源とした「氷結フリーズ」で、凍らせるというものだ。

 

 ところが今アステリッドは『たった一つの魔素』から、この術式を錬成した。

 つまり、この一つの魔素には、二つの性質が宿っているということになる。


「ああ、前に、エルレア大書庫で、興味深い書物を見つけたんだ、タイトルと著者までは覚えていないけど、そこには『合成魔術』を精製できる可能性はあるという記述があったんだよ。結局しっかりと読んでいる暇はなかったんだけど、今アステリッドがやって見せたのは、たぶんそれじゃないかと思う――」

 

 やはり、どうにかしてあの本を借りてくるべきだったか――と、キールは歯噛みした。次にエルレアのセンターコートに行くことがあれば、必ずあの本を手に入れなければならないだろう。


「アステリッド、どうやってその魔術式を錬成しているのか、自分ではしっかりと理解しているのかい?」


と、キールは問うてみる。


 しかし、アステリッドの答えは残念ながら、期待に応えるものではなかった。


「実は、よくは分からないんです。ただ、『火炎弾ファイアボール』でも同じようなことが出来ましたから、私にはできるみたいです――」


「どうやってるの?」

「ん~~~。なんとなくですが、二つの性質を持っている魔素をイメージして、それぞれの性質に対して術式練成して――って感じですかね。自分でも、どうしてこんなことが出来るのか、考えてもよくわからないんですよね――。それで、キールさんなら何かわかるかもと思ったんですが――」


「天才――」

「へ?」


「ああ、なんだかよくわからないけどイメージで出来てしまうっていう人がこの世の中には稀にいる。それを『天才』って言うんだよ」

「天才!? 私がですか!? はははは、キールさん、冗談はよしてくださいよぉ――」


「いや、結構マジなんだけど――」

「え? うそ――。本気で言ってるんですかぁ!? そんなわけないじゃないですかぁ! たまたまですよ、たまたま――」


「――いや、娘よ。我もお前はキールの言うように天賦の才を持っておるとそう見たぞ?」


 その会話を聞いていたリーンアイムが唐突に告げる。しかも、かなりの真顔だ。


「またまたぁ、リーンアイムさんまでぇ。そんなにおだてても、私の「どら焼き」はあげませんよぉ? あ、そうだ、今度ミリアさんか『翡翠』さまに会った時に聞いてみますよ。そうしたら、これの正体がわかるかもしれません。私が天才なんてことはないですから、何かの偶然ですよ。まあ、でも、結構便利ですから、安定できるように練習は続けますけどね――」


 さあ、次は、何食べよっかなぁ――、と、アステリッドは既に話題を変えてしまっている。


 キールとリーンアイムは顔を見合わせた。


「キールよ、あの娘、本当に自分のしでかしていることの重大性に気が付いてないんじゃないか?」

「リーンアイム、このことはしばらく置いておこう。余計なことを言って、出来なくなったら、後で何を言われるかわかったもんじゃない――」

「うむ。なんとなくで出来ているのなら、その方がいいかもしれぬ。無駄に考えると、二度と出来なくなる恐れもあるからな?」


 こうして、アステリッドのこの『合成魔術式』のことはしばらく触れないでおこうということになった。


 ランカスターとレックスは3人が話している内容が良く理解できなかったが、そもそも魔法のことなんて考えてもわからないのだからと、聞き流していた。

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