第530話 ウィリアム王子の風貌
フランソワとクリストファー、そしてユルゲンが刻限に合わせて向かったのは、王城の応接室であった。
三人が王城に到着すると、すでに準備を整えていた王城の給仕たちが、三人を応接室へと誘ってくれた。
ところがその時に、急な変更を告げられる。
会談に臨むのは、弟君のアーノルド王子ではなく、兄君のウィリアム王子だというのだ。
クリストファーとフランソワは顔を見合わせて訝しがったが、王家の方である以上要件は完了できるはずだと思い、これを了承した。
応接室にはまだ誰もいなかったが、すぐに呼んでまいりますと執事らしき人が声を掛けて部屋を離れる。その際、部屋の入り口付近にいる衛士に声を掛けて、しっかり警備するように託けて行くのが聞こえてきた。
自由経済主義の世の中になっても、貴族王族の類いのものたちの生活はそれほど変わらない。皆、それなりの警備とそれなりの用心をもって行動している。
とくに他国の王家の人間に対する気遣いは、慎重に慎重を重ねても足りないぐらいなのだろう。
「やはり、わたくしがいるといろいろとご迷惑をかけてしまうものですね――」
と、フランソワが零した。
「まあ、いくら下野したといっても、現王の王女であることには違いないからね。代が変われば――って、あ、今のは失言だったな――」
「かまいませんわ。事実ですもの。それに教授がそれを積極的に望んでおられないことも承知していますから――。それより、兄王子さまと会談することになるとは、正直驚いております」
「そうなの? でも兄王子さまも政務に携わっておられると言ってなかった?」
「それはそうなのですが――。あいにく、あまり政治的手腕においては評判が良くないのです」
「おー、おほん! フランソワ様、言葉を慎まれなさいませ。今は招かれている身ですぞ?」
とユルゲンさんがフランソワの話を制止する。
あ、とフランソワも短く感嘆符を漏らし、そのまま口をつぐんでしまった。
――なるほど、だから、二人で政務を担当しているというわけか。と、クリストファーは合点する。
もし仮に、申し分のない御仁であるなら、一人で政務を担当されるのが通常だろう。弟君は補佐をする程度に止め、序列をしっかりとしておくほうが、代替わりもスムーズにいくというものだ。
と、そう解釈した。が、この解釈が大きな間違いであると、数分後には気づかされることになるのである。
数分待っただろうか、ようやく、扉がノックされると、一人の紳士が入って来た。
風貌は――。
なんと表現すればいいだろう。おおよそ、王族とは思えない風貌――。これは――。
「神父――?」
と、口に出したのはフランソワだった。
「フランソワ様! ご無礼ですぞ! こちらがウィリアム第一王子様であられますぞ」
ユルゲンさんが慌てて、諫める。
「あ――! これは、失礼いたしました。わたしったら――」
と、フランソワも慌ててとりなす。
が、さらに驚いたのはこの後だった。
「ははは、「神父」ですか。いやあ、これは参った。一応、召し物も変えて王族風なものを羽織りましたが、普段の所作がにじみ出てしまっているのかもしれませんな?」
と、ウィリアム王子がこれに応じたのだ。
「普段の所作――?」
と、フランソワ。
「――ええ、わたくし、普段は「神父」としてローベの街に潜伏しているのですよ」
「潜伏――?」
「王城は、私には窮屈でしてな。普段はローベの街で神父の真似事をやっています」
「神父の真似事――ですか」
「ええ、真似事です――。もちろん洗礼などは受けておりません。知り合いの神父様の元に厄介になっているのです」
「そのう、それは街の人たちの生活を見るためなのですか?」
と、聞いたのはクリストファーだ。
「あ、ああ、失礼いたしました。クリストファー・ダン・ヴェラーニです。この度はアンテナ設営のお引き合いを頂き誠にありがとうございます」
「いえいえ、挨拶もそこそこに会話を始めてしまったのはわたくしの方です。こちらこそ失礼いたしました。ヴェラーニ教授、当家は教授の研究に非常に関心を持っています。今後ともよいお付き合いを頂きたく思っております」
と、ウィリアム王子が返す。
「隣国でありながら、私はあまり社交界にも出ておらず、フランソワ様とははじめてお目にかかります。それにこの風貌――。フランソワ様が言われた言葉が適切すぎて、正直感服いたしております。――さて、では会談を始めたく思いますが、実はもう一人同席させていただきたく控えさせております。二人もよくご存じの方ですよ。よろしいでしょうか?」
フランソワがこちらを見て、どうするべきかと思案しているのが窺える。クリストファーはユルゲンさんの方に視線を送るが、ユルゲンさんは「旦那様次第で」という意思を込めて瞼で合図を送って来た。
「分かりました。どうぞ、こちらへお招きください。ですが、私たちの知っている方とは――」
と、クリストファーが了解の意を示す。すると、ウィリアム王子は、
「まあ、それは、お会いになればわかります。お二人にとってはむしろ、心強いお味方かもしれませんよ?」
と言って、扉の前の執事に合図を送った。
執事が扉を開けると、一人の若い男が入って来る。
クリストファーはその男の顔を見たとたん思わず席を立ちあがってしまった。




