第528話 デルチェリーザの夕食
「この街はなんだか行商人が多いよね? そう思わない? フランソワ」
教授が街行く人を眺めながら隣を歩くフランソワに声を掛けてきた。
「デルチェリーザは、我が国ヘラルドカッツとの交易拠点ですからね。それなりに多いのは頷けるのですが――。それにしても多い気がしますわ」
と、フランソワは訝しがった。
確かに、交易拠点となっている街だが、今朝出発してきたレーネブルクもそれは同じだ。しかも、レーネブルクの方が都市の規模としては大きい。
なのに、こちらの街の方が明らかに多いのだ。
(街行く行商人の表情や、荷馬車の積み荷の様子などから見て、これから出発しようとしている人の方が多いような気がする――。東へと向かおうとしているものの方が圧倒的に多いわ)
そんな二人の疑問だったが、夕食をとりに訪れた料理屋でその答えが判明することになった。
「――給仕さん、ここはいつもこんなに多いのですか?」
フランソワらしい歯に衣着せぬ聞き方だ。
「まあ、ねぇ。おかげさまでウチは結構流行ってますよ? でも、今日は特別だね。西の街道に出没していた盗賊団が昨日ようやく捕らえられたのさ。それで、今朝早くローベを発ってきた行商が昼過ぎごろからここになだれ込んできたってわけさ――」
給仕の中年女性がそう答えた。給仕さんは、3人が掛けるテーブルに注文したものを並べると、忙しそうに、厨房の方へと戻っていく。
「なるほど、そういうことでしたか。この報がヘラルドカッツに届くのは明日ぐらいでしょうから、明後日明々後日にはカインズベルクからの行商が増えるかもしれませんな」
と、執事長のユルゲンが言う。ユルゲン・ゲルハルトは二人の世話係兼ボディーガードとして同行している。
そのような話を聞いた途端に、まわりで会話されている内容が急に鮮明に聞こえだす。
周囲で会話されている内容など、自分が無関心だったり、無関係なうちは「言葉」としては認識されないものだ。
ところが、そうなると突然に「言葉」として意味を持ち始める。
「――ドラゴンだったってよ?」
「魔術師が頭目だったらしい――」
「捕らえたのも凄腕の魔術師らしいぜ?」
「なんでも女が捕まってたらしい――」
「盗賊どもはキュエリーゼ王都まで、ドラゴンの爪に吊るされていったとか――」
などという声が周囲から聞こえている。
「教授、ドラゴンが盗賊を捕えに来たらしいですわ。あと、魔術師が捕まえたらしいとも――。もしかして、ミリアさん?」
と、クリストファーに意見を求める。
「――かもしれないけど、たぶん違うだろうね。もう一人の方だろう」
「もう一人?」
「ああ、フランソワにはまだ話してなかったんだけど、キールさんとアステリッドにもドラゴン族が付いているんだよ。たしか、リーンアイムさん、だったな――」
「え? そうだったんですか? そう言えば、先日キールさんとアステリッドさんが教授室に来られたっておっしゃられていましたわね?」
「うん、その時にね、もう一人いたんだ。その人がリーンアイムさんだった」
「その方が、ドラゴン族ですの?」
「そう、らしい。僕が見た時は普通の人の姿だったけどね」
フランソワは二度驚いた。
ドラゴン族が人の姿? ドラゴン族ってそんなにたくさんいるの? などなどだ。
「人の姿になれるんですか、ドラゴンって――」
「なんかね、出来るようになったということらしいんだよ。たぶん、キールさんだろう」
ここで言う「キールさん」が、魔法や能力など彼自身の手によるものという意味でないことはフランソワも理解している。
この「キールさんだろう」は、「十中八九彼が関係しているだろう」という意味だ。
「――でも、教授は確か、キールさんは西の海へ出られるとそう言ってませんでしたか?」
「そうなんだよね。だから、またしばらくは会えないかなと思ってたんだけど――。なんだか、そうじゃない気がしてきたね?」
「ローベにまだいる、ってことですわね?」
「うん。さあ、どこで出会えるんだろうね。まあ、着いたら王都の人に訊ねてみれば、船の場所もすぐわかるかもしれないけどね」
キールさんの船――かあ。
と、フランソワは思いを馳せる。
実は、ノースレンドでキールさんとは会ったが、彼の船自体はまだ見たことが無かったのだ。
「教授! わたくし、キールさんの船を見てみたいですわ――」
と、フランソワは思わず本音を吐露してしまう。
「そうだね。僕もまだ見てないから、見れるといいね」
と、そう答えた夫クリストファーの顔はいつも通り穏やかで優しかった。




